日本初の労働運動家・城常太郎




明治のころ、この国を「働く者の楽園」に変えようとした男がいた!





一介の労働者から「日本の労働運動の祖」への軌跡





生涯、一職工を貫き通した城常太郎

「目は人間の眼(まなこ)なり」とは、吉田松陰の俗諺である。
民のため一心不乱に生きた労働運動家、城常太郎の風貌にそれを感じる。




★神々しいまでに険しい眼差しの奥に凡ならざる労働運動家の歴史あり!








同時代社
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『日本で初めて労働組合をつくった男 評伝・城常太郎』

(同時代社 著者・牧民雄 2015年6月30日、初版第一刷発行)

価格:3200円+消費税

サイズ:A5上製/高さ22㎝

ページ:322p






日本労働運動の起源の定説を覆す新事実が満載!


(2016年2月25日、重版第二刷発行)




日本図書館協会選定図書に選ばれました。





















★日本最大の経済史学の学術雑誌に書評が掲載!


「社会経済史学」書評記事掲載(2017年5月25日)


発行所:社会経済史学会(早稲田大学政治経済学術院内)

※「社会経済史学」第83巻第1号

評者:市原博(獨協大学経済学部教授)









「九州史学」書評記事掲載(2017年5月)

発行所:九州史学研究会(九州大学文学部日本史学研究室内)

※「九州史学」第176号

【書評】
【和文タイトル】「牧民雄著『日本で初めて労働組合をつくった男 評伝・城常太郎』」

(53ページ~59ページ)

【英文タイトル】「MAKI Tamio, The Man Who Created Japan´s  First Labor Union : A Critical Biography of Jo Tsunetaro

評者:時里奉明(筑紫女学園大学教授)

















「変革のアソシエ」書評記事掲載(2017年4月5日)

『変革のアソシエ』NO・28


発行所:「変革のアソシエ」編集委員会


タイトル

「労働義友会」(明治二四年)から「労働組合期成会」(明治三〇年)へ

、、、どういう経過で「職工義友会」が結成され、後にそれが「労働組合期成会」につながるのかはについては、本書がそれを詳述したまれな著作になるのではあるまいか。、、、、、、城常太郎は明治二九年に日本に帰ると、木下源蔵と「職工義友会」を立ち上げ、内幸町に事務所をもうけてパンフレットによる工場労働者への啓蒙活動や「労働組合法」制定のための署名集めを始めた。そして城常太郎は、沢田半之助が京橋で洋服店を開業しているのを知るとすぐに訪ねて労働運動へ誘い、さらに高野房太郎もすでに帰国していて横浜で英字新聞の記者をしていることを知ると、「常太郎は高野を有能な同志として職工義友会に迎え入れたいと強く願った。というのは、始まったばかりの日本の労働運動を成功させるためには、その理論面に精通した高野の存在が不可欠だと確信したからだ」という。高野房太郎は、明治二四年にサンフランシスコでの「労働義友会」の結成に参加した後、各地で仕送りのための労働をしながら労働騎士団やAFLに接触して労働運動への理解を深めていき、明治二七年にAFLのゴンバースから日本担当オルグに任命され、アメリカの軍艦の乗組員になって明治二九年に帰国した。そして城常太郎からの誘いを受けると英字新聞の記者を辞め、明治三〇年一月に上京してここにかつての「労働義友会」の顔ぶれが再度集い、明治三〇年の労働運動が始まるのであった。、、、

評者:平山昇(変革のアソシエ・運営委員 編集委員)





『日本で初めて労働組合をつくった男』書評 ダルマ舎平山昇

高野房太郎の夢と放浪 ダルマ舎平山昇









「月刊労働組合」書評記事掲載(2016年2月1日)

 日本で最初の労働運動リーダーというと高野房太郎が有名だ。、、、その高野の傍らに城常太郎という人物がいて、高野と一緒の写真もあるから、私も名前だけは記憶していた。しかし、本書を読み、認識を変えた。日本で最初の労働運動リーダーといえば、高野よりも城こそがふさわしい。、、、

(評=原 均)「発行所/労働大学出版センター」














※「一枚の写真」は時として「千報の文献」よりも雄弁に歴史を語る!



左から城常太郎、高野房太郎、沢田半之助
(大原社会問題研究所所蔵)









★遥かに公平無私なる歴史学者諸氏に白す!

ここで、日本近代史を研究されている先生方にお願いがあります。
拙著『日本で初めて労働組合をつくった男』内の新史料群、
並びに当ページ最下部に記した原稿内の新史料群を、
自由に活用くださり、学術本や論文を
執筆して下されば光栄です。

なお、引用記事には出典(例 掲載新聞名、掲載日付け)
を記入していただければ幸いです。


初期日本労働運動史研究の活性化にご協力のほど、
何とぞよろしくお願い申し上げます。











書評・紹介ニュース(新聞・雑誌・ブログ)
































本書は、「働く者の楽園」を夢見て、情熱を
燃やし尽くした、ある労働運動家の
ライフストーリーである。




もくじ


まえがき


序章 ひい爺さんは「元祖」だったのよ


 第一章 少年・常太郎の、数奇な運命


維新の落し子、ツネタロウ
靴職人ことはじめ
スピーディーな独り立ち



「スピーディーな独り立ち」の本文を一部公開。

「、、、城
常太郎が長崎で靴職人として独立した後の明治二十一年、全国民を震撼させるような事件が同じ長崎で頻繁に起きていたことが明るみになった。ニュースは全国を駆け巡り、労働問題が大きな規模で議論をよんだ。
その事件とは、高島炭鉱の鉱夫虐待事件だった。この事件を当地で身近に接した常太郎は何を思ったのであろう。資本家は大きく強くとも数は少ない。それに比べて、労働者は小さく弱くとも数は多いから、追々、必ずや、不平の声は社会の表面に現れるに違いない。常太郎は、資本家と労働者との間には千里も隔つ距離があることを痛感し、自らの職工時代を回顧しながら思い悩んだのではなかろうか。
後に、常太郎と出会い、彼を敬愛してやまなかった西川光次郎は、自らの著書の中で、次のように語っている。
「何と言ったって、労働問題は、ある点からいえば、労働者の問題であって、労働者の中から人傑の出るまでは、どおしたって解釈されぬから、吾人は日本の労働者からジョン・バーンズの様な人物の出でんことを熱望して止まざるものである。嗚呼、日本のジョン・バーンズは今ドコの工場に隠れているだろう。早く太鼓鏡で探したいものである。」

『ジョン・バーンズ:英国労働界の偉人』(西川光次郎)

城常太郎が日本のジョン・バーンズになるためには、まだまだ、
いくつもの試練と、身の危険を味合わなければならなかった。」




資本家VS労働者のギャップ、始まる
日本初の労働組合は、どこの誰?
ザンギリ頭の「桜組」職工たち
洋行のチャンス到来


第二章 夢のサンフランシスコ


霧にむせぶ異国の地
コスモポリタンホテルにて
高野がたどる旅路
ジャパニーズクツヤの誕生
新大陸で一旗、靴工移民団


第三章 深まる軋轢、白人VSジャパニーズ


秘密の靴ファクトリー
高まるテンション
独立工場オープン
「日本職工同盟会」、始まる
オリジナルな呼称は、「労働義友会」
曾祖父の「ゆかりの地」に立つ
義を見て勇む、常太郎のチャリティー


第四章 闇に埋もれた、「まぼろしの檄文」


サンフランシスコより、檄をこめて
『国民之友』コネクション
縁をむすぶ「在米愛国同盟会」
月一〇ドルのフレンドシップ
温度差のある、高野のコミットメント
ああ、「哀れの乙女」
火をおこし、ともしびに着火


第五章 むしろ旗のデモ行進


靴工兵制度反対運動
デモ発祥の地、日比谷が原
優れたリーダーなしでは、起こりえない
謎のオーガナイザー「某壮士」
明治時代のキーワード「壮士」
お上に「NO」を突き出した、反対運動
四大靴商(御用商人)の面々
「靴工兵制度反対運動」総まとめ


第六章 加州靴工、サクセス物語


ターゲットにされた靴工たち
匠の技で、つかめ白人顧客
城常太郎が、創設せしもの
カリフォルニア靴工クロニクル


第七章 『矯風論』米国からのメッセージ


離れていても、愛国の情
偶然に導かれて
現存する、唯一の出版物


第八章 持ち帰った、パイオニアのビジョン


巣だった義友会メンバーたち
世界をめぐる、高野房太郎の長い旅
「働く者の楽園」を夢見て
ネームチェンジ、「職工義友会」


第九章 働く者よ、夜明けは近い


パンフレットに群がる労働者
広がる連帯のサークル
頼もしい盟友たち
高野房太郎のとまどい
出そろった義友会・四天王


第十章 「謎解き」真の起草者は、だれ?


「畳んでしまえ!」と袋叩きに
アクティブな義友会
手紙の中の自画自賛
『職工諸君に寄す』のヒミツ
客観的な史実は、新聞記事にあり


第十一章 演説会のトップバッター


恩師には礼と節
勧誘上手なトップセールスマン
肺病の淵をさまよう職工たち
奔走の常太郎と、悠々の房太郎
目覚めた船大工の連帯
ステージに立つ常太郎


第十二章 出るクギは襲われる


実を結ぶストライキ
高野日記は語る
ドリームかむツルー
常太郎の名前が、ない!
「実況中継」これが明治の演説会
アンラッキーな連鎖
サナトリウムは神戸の貧民街


第十三章 孤軍奮闘、関西に種をまく


病をかかえて冬の旅
自分がやらねば誰がやる
トゲとイバラの日々
名声よりも大事なもの
天下に向かってビジョンを発表
関東・関西、つながる


第十四章 明治三十二年はエポックイヤー


非雑居という名のムーブメント
友、夜汽車に揺られて来る
『檄して四方憂国の士に訴ふ』の作者は誰?
たそがれ始めた組織のエネルギー
腰をかがめ、頭をたれる関西人
記念すべき明治三十二年


第十五章 天津で春が来た


理想工場のこころみ
崩れゆく運動母体
ピンチをチャンスに
大陸が呼んでいる
職工による、職工のための団体創り
天津ラムネ、オランダ水


第十六章 捧げつくす、命つきるまで


根っからの「労働運動家」
職工、病にたおれたり
悲しき電報「ツネタロウユク」
哀悼のモニュメント


城常太郎略年譜
巻末資料
巻末論稿
関連文献一覧
靴工兵制度反対運動の新聞、雑誌記事・コレクション
あとがき

写真・図版、多数掲載!





日本の労働運動の祖、靴工・城常太郎の実像が、
数々のエピソードや秘話を通して、今、
この「平成の世」に蘇える!



アメリカ、日本、中国を舞台とした
壮大な「人間ドラマ」










近代労働運動のルーツをたどれば、明治時代の中期にまでさかのぼる。
労働運動は、ロシアなどの社会主義国から日本に伝えられたと思っている人々が多いが、
実際には、明治時代にアメリカに移住した靴職人・城常太郎が、
明治24年の夏にサンフランシスコで
「職工義友会」という組織を作り、
翌25年にその支部を東京に設立したことから始まった。


ロシアのクレムリン宮殿に永眠する社会主義者・片山潜は、
自著『日本の労働運動』の中でこう記している。

「職工義友会は、日本において創設せられし者にあらざりき。爰に面白き意味あり。
この会は、明治二十三年仲夏、米国桑港において当時同地に労働しつつありし、
城常太郎、高野房太郎、沢田半之助、平野栄太郎、武藤武全、木下源蔵、外四、五名の労働者によりて
組織せられし者にして、その期する所は、欧米諸国における労働問題の実相を
研究して、
他日、我が日本における労働問題の解決に備えんとするにあり。」


この十数人のうち、城常太郎はリーダーであったにもかかわらず、
歴史の表舞台から隠れたままになっていた。
それは城が、「余輩はいたづらに文字を弄するものに非ず」との信念を
生涯守り、著書や論文を後世に残していなかったからである。

著者は大学時代、ひょんなことから、この城常太郎が曾祖父であったことを知り、
それから
四十五年間、全国の図書館を訪ね歩き、常太郎の足跡を探り続けた。
そうして発掘した数多の新史料を基に、世に問うのが本書である。

拙著は、ストーリーラインを読みやすい「波乱万丈人生もの」に書いたつもりなので、
一般読者も親しみを持って接して頂けると思う。


このダイナミックな労働運動ストーリーに、目を通していただければ幸いである。


                                                       










城常太郎の石碑

『靴産業百年史』より










西村勝三(日本靴産業の産みの親)撰文

西村勝三記念ホール所蔵(一般社団法人東靴協会内)






「明治の工業の父」と称される西村勝三




・・・嗚呼、惜しむべきなり・・・

幼くして父を「切り捨てごめん」のように殺され、
最愛の母とも生き別れ、、、

追い打ちをかけるように西南戦争で家を焼失、
そして、一家離散、兄弟はバラバラに、、、

数奇な運命に翻弄されながらも、
真剣にものを考え、強く生きる一人の少年、、、

「余一年支店を巡視し、一少年の挙止凡ならざるを見、
携へ帰って、神戸伊勢勝造靴所の生徒たらしむ。
是れ即ち君なり。」

西村勝三撰文
『靴工故城常太郎君の碑』より


西村勝三は、正義を貫き通した常太郎の短い生涯を深く憐れんだのであろう、
「嗚呼惜しむべきなり」と、常太郎の碑面にだけ感嘆の言葉を入れ、
「碑を建て君を不朽に伝へむと欲し、余が文を求む」と、
愛情に満ちた文章を自ら綴った。

資本家と労働運動家という敵対しあう間柄を超えて、
西村は常太郎の活動を遠くからそっと
見守り続けていたのである。




世間的な出世、名声、地位には目もくれず、短い生涯を職工の中で職工の心と共に生き、
この国の労働組合運動の礎を築き上げながら、まるで自ら望んでいたかのように
歴史の後景へと消え去った城常太郎。


歴史上の偉人たちの多くが、自らの功績を文字の記念碑として残してきたのに比べて、
城常太郎は、「余輩はいたづらに文字を弄するものに非ず」(『戦後の日本矯風論』)
との信念を生涯かたくなに守り、実践活動を生き抜いた。
それでも、図書館の奥に埋もれた当時の新聞などから、常太郎の真の姿を
うかがわせる記述を数多発掘できたことは、筆者にとって
幸運だったと天に感謝している。


今夜も、星になった常太郎は、街に灯る労働者の家々の団欒を、夜空の彼方から
やさしく見守っているような気がする・・・・・。



















城常太郎に贈られた「加州日本人靴工同盟会十周年記念銀杯」(城家所蔵)












加州日本人靴工同盟会会員諸氏(サンフランシスコ・日米史料館所蔵)


アメリカ太平洋岸における唯一の実業団体として発足した「加州日本人靴工同盟会」は
在米日本人工業界における栄華の極みを独占し、最盛時の明治四十二年には
会員数が三百二十七名にまで膨れあがった。














★本書ページ数の制約により、省かざるを得なかった下書き原稿を公開!







下記下書き原稿には原則『日本で初めて労働組合をつくった男』内の新資料は載せていません。






靴工兵制度反対運動の資料コレクション





「職工義友会」は城常太郎の独壇場だったことが判明!





「この国の労働運動の祖は誰?」の鍵を握る人物





新史料発掘余談(銀座・初恋の並木道)





城常太郎の妻、かね





城常太郎の一人娘・静子





日本最初のデモ行進





「労働組合期成会」結成に最も貢献した人物は誰?





この日、沢田君来る





イギリスへ飛んだのは城常太郎?





トランク一杯に詰められた資料流失





新薬投与も効無し





職業別社会主義団体の嚆矢





老紳士・佐和慶太郎氏来たる





労働組合法制定請願運動の主唱者は城常太郎





日本初の近代的労働組合「日本靴工協会」の会員数内訳





アメリカ流デモクラシーの思想





遥かに公明なる衆議院議員諸君に白す





「靴工兵制度反対運動」の誤った歴史認識を正す





「職工義友会」の正式名称は「労働義友会」





靴工の元祖&職工同盟の始まり





「在米愛国同盟会」の会員の大多数が渡米前は「民権壮士」だった!





日本最初の労働運動号外!





なぜ、靴職工なのか?





「福音会」人脈ネットワーク





城常太郎と鉄工





日本最初の労働運動





国のため、民のために・・・





火の国(熊本)の義人・城常太郎





国想う義人・城常太郎





西村勝三の言葉ー企業の発展は靴工にありー





『評伝・城常太郎』には書かなかった『職工諸君に寄す』の秘密!





西村茂樹の影響か?





労働組合研究会会則





労働組合期成会





明治25年の労働者運動関連記事





最も重視した関西の労働事情





「労働者の声」『国民之友』(徳富蘇峰主幹)の作者は誰?





城常太郎をトップにあげた雑誌





日本初の労働運動檄文を印刷したのは「在米愛国同盟会」の機関新聞社





協調会と大原社会問題研究所





製靴業界の四大御用商人





新平民(被差別部落民)の靴工






亘理篤治(『加州日本人靴工同盟会設立趣意書』の起草者)

















高野房太郎の幻の論稿、遂に発掘!





片山潜の条約改正と内地雑居談





沢田半之助の檄文





日本のロバートオーエン・佐久間貞一





武藤武全





関根忠吉





平野永太郎





島粛三郎





牧野新一






























明治・大正時代の労働運動史





労働運動の扉を開いた靴職人の軌跡





アメリカ日本人靴職人の軌跡





日本人北米移民史(明治時代)





城常太郎関連史料コレクション











以下は、本書の内容に直接関連しない資料です。





 セピア写真で見る女工哀史









写真で追う貧しき労働者の歴史群像










 
 昔からあった「格差社会」












なるほど、靴の歴史【明治時代】











労働運動の理想












明治時代の人物








明治時代の心やさしい人々








尺八のヒストリア









明治おもしろ雑学集










明治ファッションめぐり(明治時代と服装)









労働ムービー・ベスト200









大正時代のメーデー(労働運動)












世界遺産・富岡製糸場の歴史