著者のページ『日本で初めて労働組合をつくった男』




明治のころ、この国を「働く者の楽園」に変えようとした男がいた!



一介の労働者から「日本の労働運動の祖」への軌跡








同時代社
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『日本で初めて労働組合をつくった男 評伝・城常太郎』

(同時代社 著者・牧民雄 2015年6月30日、初版第一刷発行)

価格:3200円+消費税

サイズ:A5上製/高さ22㎝

ページ:322p







日本図書館協会選定図書に選ばれました。


『神戸新聞』など多数の紙誌で紹介されました。



(2016年2月25日、重版第二刷発行)






















生涯、一職工を貫き通した城常太郎

「目は人間の眼(まなこ)なり」とは、吉田松陰の俗諺である。
民のため一心不乱に生きた労働運動家、城常太郎の風貌にそれを感じる。




















左から城常太郎、高野房太郎、沢田半之助
(大原社会問題研究所所蔵)















本書は、「働く者の楽園」を夢見て、情熱を
燃やし尽くした、ある労働運動家の
ライフストーリーである。




もくじ


まえがき


序章 ひい爺さんは「元祖」だったのよ


 第一章 少年・常太郎の、数奇な運命


維新の落し子、ツネタロウ
靴職人ことはじめ
スピーディーな独り立ち



「スピーディーな独り立ち」の本文を一部公開。

「、、、城
常太郎が長崎で靴職人として独立した後の明治二十一年、全国民を震撼させるような事件が同じ長崎で頻繁に起きていたことが明るみになった。ニュースは全国を駆け巡り、労働問題が大きな規模で議論をよんだ。
その事件とは、高島炭鉱の鉱夫虐待事件だった。この事件を当地で身近に接した常太郎は何を思ったのであろう。資本家は大きく強くとも数は少ない。それに比べて、労働者は小さく弱くとも数は多いから、追々、必ずや、不平の声は社会の表面に現れるに違いない。常太郎は、資本家と労働者との間には千里も隔つ距離があることを痛感し、自らの職工時代を回顧しながら思い悩んだのではなかろうか。
後に、常太郎と出会い、彼を敬愛してやまなかった西川光次郎は、自らの著書の中で、次のように語っている。
「何と言ったって、労働問題は、ある点からいえば、労働者の問題であって、労働者の中から人傑の出るまでは、どおしたって解釈されぬから、吾人は日本の労働者からジョン・バーンズの様な人物の出でんことを熱望して止まざるものである。嗚呼、日本のジョン・バーンズは今ドコの工場に隠れているだろう。早く太鼓鏡で探したいものである。」

『ジョン・バーンズ:英国労働界の偉人』(西川光次郎)

城常太郎が日本のジョン・バーンズになるためには、まだまだ、
いくつもの試練と、身の危険を味合わなければならなかった。」




資本家VS労働者のギャップ、始まる
日本初の労働組合は、どこの誰?
ザンギリ頭の「桜組」職工たち
洋行のチャンス到来


第二章 夢のサンフランシスコ


霧にむせぶ異国の地
コスモポリタンホテルにて
高野がたどる旅路
ジャパニーズクツヤの誕生
新大陸で一旗、靴工移民団


第三章 深まる軋轢、白人VSジャパニーズ


秘密の靴ファクトリー
高まるテンション
独立工場オープン
「日本職工同盟会」、始まる
オリジナルな呼称は、「労働義友会」
曾祖父の「ゆかりの地」に立つ
義を見て勇む、常太郎のチャリティー


第四章 闇に埋もれた、「まぼろしの檄文」


サンフランシスコより、檄をこめて
『国民之友』コネクション
縁をむすぶ「在米愛国同盟会」
月一〇ドルのフレンドシップ
温度差のある、高野のコミットメント
ああ、「哀れの乙女」
火をおこし、ともしびに着火


第五章 むしろ旗のデモ行進


靴工兵制度反対運動
デモ発祥の地、日比谷が原
優れたリーダーなしでは、起こりえない
謎のオーガナイザー「某壮士」
明治時代のキーワード「壮士」
お上に「NO」を突き出した、反対運動
四大靴商(御用商人)の面々
「靴工兵制度反対運動」総まとめ


第六章 加州靴工、サクセス物語


ターゲットにされた靴工たち
匠の技で、つかめ白人顧客
城常太郎が、創設せしもの
カリフォルニア靴工クロニクル


第七章 『矯風論』米国からのメッセージ


離れていても、愛国の情
偶然に導かれて
現存する、唯一の出版物


第八章 持ち帰った、パイオニアのビジョン


巣だった義友会メンバーたち
世界をめぐる、高野房太郎の長い旅
「働く者の楽園」を夢見て
ネームチェンジ、「職工義友会」


第九章 働く者よ、夜明けは近い


パンフレットに群がる労働者
広がる連帯のサークル
頼もしい盟友たち
高野房太郎のとまどい
出そろった義友会・四天王


第十章 「謎解き」真の起草者は、だれ?


「畳んでしまえ!」と袋叩きに
アクティブな義友会
手紙の中の自画自賛
『職工諸君に寄す』のヒミツ
客観的な史実は、新聞記事にあり


第十一章 演説会のトップバッター


恩師には礼と節
勧誘上手なトップセールスマン
肺病の淵をさまよう職工たち
奔走の常太郎と、悠々の房太郎
目覚めた船大工の連帯
ステージに立つ常太郎


第十二章 出るクギは襲われる


実を結ぶストライキ
高野日記は語る
ドリームかむツルー
常太郎の名前が、ない!
「実況中継」これが明治の演説会
アンラッキーな連鎖
サナトリウムは神戸の貧民街


第十三章 孤軍奮闘、関西に種をまく


病をかかえて冬の旅
自分がやらねば誰がやる
トゲとイバラの日々
名声よりも大事なもの
天下に向かってビジョンを発表
関東・関西、つながる


第十四章 明治三十二年はエポックイヤー


非雑居という名のムーブメント
友、夜汽車に揺られて来る
『檄して四方憂国の士に訴ふ』の作者は誰?
たそがれ始めた組織のエネルギー
腰をかがめ、頭をたれる関西人
記念すべき明治三十二年


第十五章 天津で春が来た


理想工場のこころみ
崩れゆく運動母体
ピンチをチャンスに
大陸が呼んでいる
職工による、職工のための団体創り
天津ラムネ、オランダ水


第十六章 捧げつくす、命つきるまで


根っからの「労働運動家」
職工、病にたおれたり
悲しき電報「ツネタロウユク」
哀悼のモニュメント


城常太郎略年譜
巻末資料
巻末論稿
関連文献一覧
靴工兵制度反対運動の新聞、雑誌記事・コレクション
あとがき

写真・図版、多数掲載!





日本の労働運動の祖、靴工・城常太郎の実像が、
数々のエピソードや秘話を通して、今、
この「平成の世」に蘇える!



アメリカ、日本、中国を舞台とした
壮大な「人間ドラマ」














書評・紹介ニュース





「ダルマ舎平山昇(ブログ)」書評記事掲載(2017年2月27日)


、、、どういう経過で「職工義友会」が結成され、後にそれが「労働組合期成会」につながるのかはについては、本書がそれを詳述したまれな著作になるのではあるまいか。、、、城常太郎は明治二九年に日本に帰ると、木下源蔵と「職工義友会」を立ち上げ、内幸町に事務所をもうけてパンフレットによる工場労働者への啓蒙活動や「労働組合法」制定のための署名集めを始めた。そして城常太郎は、沢田半之助が京橋で洋服店を開業しているのを知るとすぐに訪ねて労働運動へ誘い、さらに高野房太郎もすでに帰国していて横浜で英字新聞の記者をしていることを知ると、「常太郎は高野を有能な同志として職工義友会に迎え入れたいと強く願った。というのは、始まったばかりの日本の労働運動を成功させるためには、その理論面に精通した高野の存在が不可欠だと確信したからだ」という。高野房太郎は、明治二四年にサンフランシスコでの「労働義友会」の結成に参加した後、各地で仕送りのための労働をしながら労働騎士団やAFLに接触して労働運動への理解を深めていき、明治二七年にAFLのゴンバースから日本担当オルグに任命され、アメリカの軍艦の乗組員になって明治二九年に帰国した。そして城常太郎からの誘いを受けると英字新聞の記者を辞め、明治三〇年一月に上京してここにかつての「労働義友会」の顔ぶれが再度集い、明治三〇年の労働運動が始まるのであった。、、、

評者:平山昇

ダルマ舎平山昇 2017年2月

 














「ひょうご部落解放(夏)」紹介記事掲載(2016年6月)


発行所:一般社団法人・ひょうご部落解放・人権研究所

第161号

本の紹介
評者:荒西正和

















「本と資料の紹介コーナー(ホームページ)」書評記事掲載(2016年12月)

発行所:公益社団法人・教育文化協会

■ルーツを求めて
評者:山根正幸(連合企画局次長)


















「千葉史学」紹介記事掲載(2016年11月25日)

発行所:千葉歴史学会

※2016年11月/第69号

 、、、本書は、従来の通説に修正を迫る新しい見解をいくつも提示している。例えば、日本の労働組合のルーツは、サンフランシスコで高野・城・沢田半之助らによって組織された職工義友会とされるが、一八九〇年(明治二十三)夏、同地で城を中心に労働問題の研究や日本人職工の救済・支援の団体として結成された「日本職工同盟会」とすべきであること、労働組合期成会の前身である職工義友会は、九七年〔明治30年〕四月に高野を中心に再建されたとされるが、九六年〔明治29年〕二月に帰国した城の主導のもとに同年四~五月にすでに再建されていたと推定されることなどである。本書の刊行を機に、初期の日本労働運動史研究の活性化が期待されよう。、、、

、、、なお、巻末には筆者が発掘した貴重な資料が収められている。(池田順)


〔 〕は管理人の注











月刊「労働の科学」書評記事掲載(2016年9月1日)

発行所:公益財団法人 大原記念労働科学研究所


明治デモクラットの心意気

 わが国労働組合運動の嚆矢として明治の労働組合期成会が語られ、高野房太郎の名前がよく知られている。本書は、高野を組合運動に引っ張り込み、42歳で亡くなるまで組合運動に挺身した城常太郎の評伝である。

 城は、、、1888年〔明治21年〕、、、単身サンフランシスコに渡った。、、、90年〔明治23年〕、城は日本職工同盟会を立ち上げ、91年〔明治24年〕には10人の同志で労働義友会〔職工義友会〕とする。

 、、、96年〔明治29年〕、帰国した城は企業を超えた靴職工同盟と理想的な工場建設に向かって走る。職工義友会を再建。靴工のストライキ指導もする。しかし、反ストライキ派に暴行され重傷を負って、城の取り組みは挫折した。
 97年〔明治30年〕4月6日、工業協会・貸資協会総会の場での配布を皮切りに『職工諸君に寄す』を工場労働者に配布する。6月25日、職工義友会主催によるわが国初の労働問題演説会を開催した。聴衆1200名超。7月5日、労働組合期成会発起会を開催し、城は高野らと共に仮幹事に就任する。97年〔明治30年〕8月1日は、わが国労働運動史に残る労働組合期成会の発会式であるが、役員に城の名前がない。わたしは常々これを不思議に思っていたが、7月18日、労働組合期成会の二回目の演説会直後、城は暴漢に襲われて重傷を負っていた。また肺結核を患い神戸へ転居、一旦活動第一線から退いていたのであった。

 、、、資本家が「働かせてやる」、労働者は「働かせていただく」という気風、封建意識が世間の主流、なによりも決定的に貧しい時代だ。城がパンとバターの獲得だけではなく、働く者の地位向上を目指して死ぬまで活動を続けた事実に心を揺さぶられる。敗戦までの社会運動、労働運動は権力支配層の抑圧・弾圧に加え人々の無知蒙昧とも闘わねばならなかった。城がアメリカのデモクラシーと日本の空気の大きな違いに気づいたのは間違いない。彼はまさに明治のデモクラットであり、大正デモクラシー時代の先駆けであった。

 、、、著者は学生時代、たまたま聴講して城常太郎の名前が耳に入り、それが曽祖父のことだとわかった。以来45年間、こつこつ史料を探索して評伝を書いた。身内だから続いたのではない。城の人間的魅力、生き方が惹きつけたのであろう。わたしは、著者の歴史発掘精神と努力に対して拍手を送りつつ読んだ。

評者ー奥井禮喜(労働問題評論家)



〔 〕は管理人の注







歴史豆知識

城常太郎は晩年、大阪の浜寺石神療養所に入院していますが、
当療養所の所長・石神亨医師は、城と同じ熊本出身で、

明治21年に東京第一教会でキリスト教の洗礼を受けています。

大原社会問題研究所(初代所長は高野房太郎の弟・高野岩三郎)や
倉敷労働科学研究所(大原記念労働科学研究所のルーツ)を
創設した大原孫三郎も、また、敬虔なクリスチャンで、大正時代に、大阪において、

キリスト教にのっとった愛染園(貧民救済の保育所)を設立しています。
奇遇というか、城の主治医・石神医師も当園の設立に関わったようで、
理事の一人に抜擢されています。



 







月刊「進歩と改革」紹介記事掲載(2016年11月1日)

発行所:進歩と改革研究会

※2016年/第779号 掲載ページ(76ページ~79ページ)


 、、、今回紹介した本著は、「高野房太郎が・・・・・サンフランシスコ時代の仲間の城常太郎、沢田半之助と職工義友会を再組織・・・・・」「労働組合期成会は、高野房太郎や片山潜らが中心となって結成した・・・・・」とされた、高野房太郎主導史観に修正を求め、日本で初めて労働組合をつくり、黎明期の運動を主導したのは靴職人・城常太郎だと、新しい資料の「発掘」に基づきその鮮烈な生涯をクローズアップさせている。、、、この運動の中で起きたのが「日本史上初のデモ行進」である。日本最初のデモ行進は大正九年のメーデーとされているが、牧氏の発見は通説を覆すものだ。常太郎はサンフランシスコから、この闘いを指導した。靴工兵制度反対運動は結局敗北するのだが、本著の記述には迫力があり、圧巻である。、、、日本で初めて労働組合をつくった男ー城常太郎という存在に光を当て、日本の労働運動黎明期の史実にも見直しを迫る本著を薦めたい。(内山正紀)
















「弁護士会の読書(ブログ)」書評記事掲載(2016年10月2日)


 
 、、、明治19年10月に靴職工のストライキは、日本初だった。この靴職工たちは、士族上りが多く、他の職工とは品性を異にし、気質温和、恥を知る美風があった。

 、、、明治25年12月、300人もの靴工たちが日比谷公園に集まり、衆議院に向かって堂々のデモ行進を遂行した。日比谷公園は、日本におけるデモ行進の発祥の地なのである。
 弁護士会も安保法制法案の成立反対を叫んで、日比谷公園から国会に向けて何回となくデモ行進をしました。もっとも、今は、パレードと呼ぶことが多いのですが・・・。
 
 、、、明治30年6月、東京・神田の青年会館において職工義友会の主催する演説会が開催された。1200名の聴衆を前に、学歴のない城常太郎が一番に演説した。

、、、明治29年に高野房太郎よりも早く日本に帰国し、日本の労働運動を大きく盛り上げたのが城常太郎だったことを初めて知りました。
 それにしても明治20年代ころのカリフォルニアに日本人靴店がたくさんあったことを知り、目を開かされました。今では、町に靴を修理してくれる店なんて、とんと見かけませんね・・・。
 歴史の掘り起こしは大切だと痛感した本でもありました。

(評者ー霧山昴弁護士)

福岡県弁護士会ブログ
弁護士会の読書2016年10月

 














月刊「社会主義」書評記事掲載(2016年8月1日)

発行所:社会主義協会

※2016年/第650号 掲載ページ(88ページ~92ページ)


 、、、アメリカ労働運動を日本に紹介した高野房太郎のことは知っていたが、実はその運動のリーダーであった人こそ城常太郎であることを知らなかった。
 日本史の教科書には、日本で初めて労働組合が設立されたのは、一八八九(明治二二)年の「鉄工同盟進工組」だと書かれている。だが牧民雄氏の調査によれば、常太郎が関係した「桜組」靴職人によって、「鉄工同盟進工組よりも三年早い一八八六(明治一九)年に、賃上げ要求を掲げて闘ったストライキを契機に、全国から同志を募り、「靴職工同盟会」が結成されているのである。
 私が書評を書いたのは、実は歴史にはこうした真実が隠され、埋もれていることを、語りついでいかなければならないことを痛感したからである。、、、

 労働組合史では、「職工義友会」から「労働組合期成会」運動の中心は、アメリカで労働運動を体験してきた高野房太郎だったとなっているが、実際は指導したのは城常太郎である。
 二人は常太郎がアメリカに渡ったときに知り合い、苦楽を共にするのであるが、高野房太郎は労働運動の実践にはほとんどかかわっていない。生活苦などから挫折し、運動から逃避したことは何回もあり、「職工義友会」から、一時離れているが、牧民雄氏によれば、二人の関係は、実践面は常太郎が担い、理論面は高野房太郎が担うというものだったと言われている。、、、

評者ー善明建一(社会主義協会事務局長を退任後、現在は同会の顧問として活動中)

















「季刊・労働者の権利」書評記事掲載(2016年7月25日)


発行所:日本労働弁護団


、、、本書は、これまでその活動ぶりがあまり知られず、書いたものも残っていない城に光をあて、その誕生(1863年)から1905年肺結核のため42才で没するまでを数多くの新資料にもとづいてまとめられたものである。黎明期の労働運動において城が果たした役割や城をとりまく労働運動にかかわった人間像をさまざまなエピソードを含めて知ることができ大変興味深い。、、、
 著者は、高野房太郎が日本で初めて労働組合をつくった男としてあげられる従来の労働運動史の常識は正しいとはいえず、タイトルにあるように城常太郎こそが日本で初めて労働組合をつくった男として呼ばれるにふさわしい人物であることを多くの資料で裏づけており、本書によると、著者の見解も肯なるかなと思われる。、、、
 城はすぐれた運動家、オルガナイザーにして演説の名手であった。本書では、運動家としての彼の活動ぶりが詳しく紹介されている。、、、本書には、近代労働運動史のこれまでの叙述を覆すいくつかの指摘がある。、、、


評者ー宮里邦雄(日本労働弁護団元会長・弁護士)


















「エル・ライブラリーブログ」書評記事掲載(2016年7月13日)

  、、、「城常太郎こそが、東京・横浜・神戸・大阪の四大都市に、誰よりも先に駆けつけて、近代労働運動の聖火を灯して廻った人物であった」ということである。その結論を綿密な実証研究によって導いていく論証は説得的だが、何よりも、黎明期の労働運動に賭けられた彼および仲間らの情熱と迫力が、読者を惹きつけ300頁を越える分量を一気に読ませる。、、、

 労働者の組織化の方法は、今も昔も変わらない方法だとしても、この時代どれほどの抑圧下で取組まれたかを想像すると、ワクワクする。、、、

(評者ー伍賀偕子 ごか・ともこ 元「関西女の労働問題研究会」代表)

エル・ライブラリーブログhttp://d.hatena.ne.jp/l-library/20160713
エル・ライブラリーHPhttp://shaunkyo.jp/
 

 














「大阪春秋」紹介記事掲載(2016年7月1日)


 、、、それにしても、城常太郎とは、なんとダイナミックで、なんと高潔な人物であろうか。、、、巻末の年譜、資料なども充実していて、近代日本の労働運動史を研究するものにとって、本書は欠くべからざる一冊であろう。、、、















「労働情報」紹介記事掲載(2016年6月1日)


知られざる先人の軌跡



 、、、主人公のように知的に戦略を立て、仲間を募り組織を拡げ、訴えていった手法は、まさに米国仕込みであり、今に通じるしたたかさに驚かされる。、、、
 














 

 

 


「学習の友」書評記事掲載(2016年6月1日)


◆日本で労働組合が生まれたのはいつか


 歴史を揺るがすような、おやっと思われるような出版物が出てきました。、、、 労働組合運動の歴史に新しい要素を持ち込み、記録というものの大切さを教えてもくれます。

評者ー西村直樹(金属労働研究所室長・労教協理事)


 

 

 

 

 

 






「月刊社会民主」書評記事掲載(2016年5月1日)


労働運動史の定説を覆す

 本書は、日本の近代労働組合運動の発祥の象徴として語られてきた「職工義友会」「労働組合期成会」の成立のいきさつを追求し、従来の「定説」を覆す事実を明らかにするなど、労働組合運動史に貴重な一石を投じた書である。、、、

評者ー松本重延


















「港湾労働」紹介記事掲載(2016年5月1日)


明治時代、港湾労働者三万人の組織化に尽力


、、、戦前の労働運動を記した貴重な一冊、是非、この機会にご一読いただきたい。、、、

http--zenkowan.org-wp-wp-content-uploads-2016-04-KR1310.pdf










「とうくつ」紹介記事掲載(2016年4月25日)

第414号

 「明治25年帝国議会に約150人の靴工の集団が押し寄せ、・・・・・我が国では初の組織化されたデモとなった。・・・」と、労働組合の誕生に靴工の組織がかかわっていた。とのこと。ご一読してみては?

発行所:一般社団法人 東靴協会




















「月刊労働組合」書評記事掲載(2016年2月1日)

 日本で最初の労働運動リーダーというと高野房太郎が有名だ。、、、その高野の傍らに城常太郎という人物がいて、高野と一緒の写真もあるから、私も名前だけは記憶していた。しかし、本書を読み、認識を変えた。日本で最初の労働運動リーダーといえば、高野よりも城こそがふさわしい。、、、

(評=原 均)「発行所/労働大学出版センター」














「神戸新聞」書評記事掲載(2016年1月3日)


ひょうご選書・・・45年間の史料収集が結実


書評執筆者ー岩佐卓也(神戸大学准教授)

※書評欄のトップ欄に掲載される一冊に選ばれました。














「週刊読書人」書評記事掲載(2015年12月11日)


再び屈託のない労働運動に向けて

大野英士


 城常太郎ー文久三年(一八六三年)熊本生まれ、靴職人、明治二五年(一八九二年)「日本で初めて労働組合ー労働義友会ーをつくった男」と言っても、日本の労働運動史を専攻している専門の研究者ですら、その名を聞いてピンとくる者は少なかろう。、、、

 (おおの・ひでし氏=フランス文学者・早稲田ユニオン代表)














 

「出版ニュース」紹介記事掲載(2015年11月11日)


 、、、職工の心意気を貫き、未踏の労働運動に全人生をかけた男の生き方が鮮やかに。




















「大分合同新聞」紹介記事掲載(2015年10月18日)



、、、日本近代労働運動の黎明期を走り抜けた城の生涯を、ひ孫の著者が約45年にわたり調査研究しまとめた労作。城は1863年、熊本県飽田郡(現熊本市)に生まれた。靴職人として働き、88年、渡米。労働組合が米国社会で大きな発言力を持っている事実を目の当たりにし、靴職人の労働団体を組織。96年に帰国後、日本の労働組合運動に力を注いだ。著者は大分市生まれ。大分舞鶴高校、慶応大学を卒業。多種の仕事に従事しながら、日本初期労働運動史の研究を続けている。
 











「西日本新聞」紹介記事掲載(2015年9月27日)

 明治時代、黎明(れいめい)期の労働運動にあらん限りの情熱を傾け、この国の労働組合運動の礎石を築いた男がいた。熊本出身の靴職人・城常太郎(じょうつねたろう)(1863-1905)。本書は、その人生と業績を執念ともいえる史料探索から描く一冊だ。それにしても、常太郎の人生はなんとダイナミックなことか。、、、












「熊本日日新聞」紹介記事掲載(2015年9月27日)


 日本の労働運動は熊本市生まれの靴職人・城常太郎(1863~1905年)が1891(明治24)年に米サンフランシスコで「労働義友会」を組織し、その支部を92年に東京に設立したことに始まる。、、、


















アメリカ土産は、労動運動の種まき!
           
今から百二十余年前、明治二十五年に、労働運動をアメリカから
初めて直輸入した日本人青年がいた。その青年こそが、
名もなき靴職人、城常太郎だ。









近代労働運動のルーツをたどれば、明治時代の中期にまでさかのぼる。
労働運動は、ロシアなどの社会主義国から日本に伝えられたと思っている人々が多いが、
実際には、明治時代にアメリカに移住した靴職人・城常太郎が、
明治24年の夏にサンフランシスコで
「職工義友会」という組織を作り、
翌25年にその支部を東京に設立したことから始まった。


ロシアのクレムリン宮殿に永眠する社会主義者・片山潜は、
自著『日本の労働運動』の中でこう記している。

「職工義友会は、日本において創設せられし者にあらざりき。爰に面白き意味あり。
この会は、明治二十三年仲夏、米国桑港において当時同地に労働しつつありし、
城常太郎、高野房太郎、沢田半之助、平野栄太郎、武藤武全、木下源蔵、外四、五名の労働者によりて
組織せられし者にして、その期する所は、欧米諸国における労働問題の実相を
研究して、
他日、我が日本における労働問題の解決に備えんとするにあり。」


この十数人のうち、城常太郎はリーダーであったにもかかわらず、
歴史の表舞台から隠れたままになっていた。
それは城が、「余輩はいたづらに文字を弄するものに非ず」との信念を
生涯守り、著書や論文を後世に残していなかったからである。

著者は大学時代、ひょんなことから、この城常太郎が曾祖父であったことを知り、
それから
四十五年間、全国の図書館を訪ね歩き、常太郎の足跡を探り続けた。
そうして発掘した数多の新史料を基に、世に問うのが本書である。

拙著は、ストーリーラインを読みやすい「波乱万丈人生もの」に書いたつもりなので、
一般読者も親しみを持って接して頂けると思う。


このダイナミックな労働運動ストーリーに、目を通していただければ幸いである。


                                                       

















城常太郎の石碑

『靴産業百年史』より










西村勝三(日本靴産業の産みの親)撰文

西村勝三記念ホール所蔵(一般社団法人東靴協会内)






「明治の工業の父」と称される西村勝三




・・・嗚呼、惜しむべきなり・・・

幼くして父を「切り捨てごめん」のように殺され、
最愛の母とも生き別れ、、、

追い打ちをかけるように西南戦争で家を焼失、
そして、一家離散、兄弟はバラバラに、、、

数奇な運命に翻弄されながらも、
真剣にものを考え、強く生きる一人の少年、、、

「余一年支店を巡視し、一少年の挙止凡ならざるを見、
携へ帰って、神戸伊勢勝造靴所の生徒たらしむ。
是れ即ち君なり。」

西村勝三撰文
『靴工故城常太郎君の碑』より


西村勝三は、正義を貫き通した常太郎の短い生涯を深く憐れんだのであろう、
「嗚呼惜しむべきなり」と、常太郎の碑面にだけ感嘆の言葉を入れ、
「碑を建て君を不朽に伝へむと欲し、余が文を求む」と、
愛情に満ちた文章を自ら綴った。

資本家と労働運動家という敵対しあう間柄を超えて、
西村は常太郎の活動を遠くからそっと
見守り続けていたのである。




世間的な出世、名声、地位には目もくれず、短い生涯を職工の中で職工の心と共に生き、
この国の労働組合運動の礎を築き上げながら、まるで自ら望んでいたかのように
歴史の後景へと消え去った城常太郎。


歴史上の偉人たちの多くが、自らの功績を文字の記念碑として残してきたのに比べて、
城常太郎は、「余輩はいたづらに文字を弄するものに非ず」(『戦後の日本矯風論』)
との信念を生涯かたくなに守り、実践活動を生き抜いた。
それでも、図書館の奥に埋もれた当時の新聞などから、常太郎の真の姿を
うかがわせる記述を数多発掘できたことは、筆者にとって
幸運だったと天に感謝している。


今夜も、星になった常太郎は、街に灯る労働者の家々の団欒を、夜空の彼方から
やさしく見守っているような気がする・・・・・。



















城常太郎に贈られた「加州日本人靴工同盟会十周年記念銀杯」(城家所蔵)












加州日本人靴工同盟会会員諸氏(サンフランシスコ・日米史料館所蔵)


アメリカ太平洋岸における唯一の実業団体として発足した「加州日本人靴工同盟会」は
在米日本人工業界における栄華の極みを独占し、最盛時の明治四十二年には
会員数が三百二十七名にまで膨れあがった。















 

★本書ページ数の制約により、省かざるを得なかった下書き原稿を公開!



ここで、日本近代史を研究されている先生方に、お願いがあります。
拙著『日本で初めて労働組合をつくった男』内の新資料群、
並びに下記下書き原稿内の新資料群を、
自由に活用くだされば光栄です。

なお、引用記事には出典(例 掲載新聞名、掲載日付け)
を記入していただければ幸いです。



初期日本労働運動史研究の活性化にご協力のほど、
何とぞよろしくお願い申し上げます。



I hope that teachers all over the world who are studying Japanese early labor movement history utilize the materials of this website



Foreign libraries who purchased "a man who made labor union for the first time in Japan"

Bodleian Japanese Library  Oxford UniversityUNITED KINGDOM

Japanisches Kulturinstitut Köln (GERMANY)

Columbia University Libraries New York, NY 10027 (United States

Duke University Library; Perkins Library Durham, NC 27708 (United States

Harvard-Yenching Library Cambridge, MA 02138 (United States

Library of Congress  Washington, DC 20540 (United States

Princeton University  East Asian Library Princeton, NJ 08544(United States

University of Michigan  Ann Arbor, MI 48109 (United States)

University of Pennsylvania Libraries  Van Pelt Library Philadelphia, PA 19104 (United States

University of Pittsburgh  Pittsburgh, PA 15260 (United States

Shanghai LibraryPeople's Republic of China

Beijing LibraryPeople's Republic of China

National Library of Australia  Canberra, ACT 2600 (Australia

University of Toronto East Asian Library Toronto,ONM5S 1A5(Canada)















下記下書き原稿には原則『日本で初めて労働組合をつくった男』内の新資料は載せていません。






靴工兵制度反対運動の資料コレクション





「職工義友会」は城常太郎の独壇場だったことが判明!





「この国の労働運動の祖は誰?」の鍵を握る人物





新史料発掘余談(銀座・初恋の並木道)





城常太郎の妻、かね





城常太郎の一人娘・静子





日本最初のデモ行進





「労働組合期成会」結成に最も貢献した人物は誰?





この日、沢田君来る





イギリスへ飛んだのは城常太郎?





トランク一杯に詰められた資料流失





新薬投与も効無し





職業別社会主義団体の嚆矢





老紳士・佐和慶太郎氏来たる





労働組合法制定請願運動の主唱者は城常太郎





日本初の近代的労働組合「日本靴工協会」の会員数内訳





アメリカ流デモクラシーの思想





遥かに公明なる衆議院議員諸君に白す





「靴工兵制度反対運動」の誤った歴史認識を正す





「職工義友会」の正式名称は「労働義友会」





靴工の元祖&職工同盟の始まり





「在米愛国同盟会」の会員の大多数が渡米前は「民権壮士」だった!





日本最初の労働運動号外!





なぜ、靴職工なのか?





「福音会」人脈ネットワーク





城常太郎と鉄工





日本最初の労働運動





国のため、民のために・・・





火の国(熊本)の義人・城常太郎





国想う義人・城常太郎





西村勝三の言葉ー企業の発展は靴工にありー





『評伝・城常太郎』には書かなかった『職工諸君に寄す』の秘密!





西村茂樹の影響か?





労働組合研究会会則





労働組合期成会





明治25年の労働者運動関連記事





最も重視した関西の労働事情





「労働者の声」『国民之友』(徳富蘇峰主幹)の作者は誰?





城常太郎をトップにあげた雑誌





日本初の労働運動檄文を印刷したのは「在米愛国同盟会」の機関新聞社





協調会と大原社会問題研究所





製靴業界の四大御用商人





新平民(被差別部落民)の靴工






亘理篤治(『加州日本人靴工同盟会設立趣意書』の起草者)

















高野房太郎の幻の論稿、遂に発掘!





片山潜の条約改正と内地雑居談





沢田半之助の檄文





日本のロバートオーエン・佐久間貞一





武藤武全





関根忠吉





平野永太郎





島粛三郎





牧野新一






























明治・大正時代の労働運動史





労働運動の扉を開いた靴職人の軌跡





アメリカ日本人靴職人の軌跡





日本人北米移民史(明治時代)































城常太郎関連史料コレクション






























以下は、本書の内容に直接関連しない資料です。





 セピア写真で見る女工哀史









写真で追う貧しき労働者の歴史群像










 
 昔からあった「格差社会」












なるほど、靴の歴史【明治時代】











労働運動の理想












明治時代の人物








明治時代の心やさしい人々








尺八のヒストリア









明治おもしろ雑学集










明治ファッションめぐり(明治時代と服装)









労働ムービー・ベスト200









大正時代のメーデー












世界遺産・富岡製糸場の歴史