著者のページ『日本で初めて労働組合をつくった男』  

新平民の靴工

明治の製靴業界の紳商(陸軍省に仕える御用資本家)の贅沢三昧の私生活に比べて、彼らの下で働く靴工たちは、極貧生活を強いられていた。

 靴工兵制度反対運動で、解雇という多大な犠牲を強いられたのが、新平民の多かった「弾・北岡組」の靴工たちだった。「桜組」の靴工たちが、「日本靴工協会」を脱会するよしの広告を二十六年一月に新聞各紙に掲載したのに続いて、「内外用達会社」も同月、「大塚組」の靴工たちは翌月に脱会広告を出した。ところが、「弾・北岡組」の靴工たちは脱会広告を出していない。彼らは北岡文兵衛に解雇された後、いったいどんな運命を辿ったのだろうか?城常太郎はこの運動を主導した リーダーとして、解雇された彼らに対し、いかなる責任を果たし、いかなる行動を起こしたのだろうか?その真実は、今となっては知る由も無い。