日本で初めて労働組合をつくった男






靴工の元祖&職工同盟の始まり


靴工の元祖 城常太郎

熊本県人城常太郎は母国同業者の声援により明治二十一年十一月(一八八八年)渡米し、コスモポリタンホテルに皿洗いとして働き翌二十二年六月関根忠吉の渡米するや共同し靴直しを開業した。場所は桑港ミッション街と第七街の角であった。これが日本人靴工業の始まりである。





同盟の始まり

靴工同盟

靴工同盟は職業同盟としての始祖で頗る意義のあるものでる。日本人靴工が明治二十二年桑港に開業するや非常の勢で其の数が増加した。城常太郎、関根忠吉がミッション街に靴直しを始めてから僅々三年間に、桑港に同業者店舗の数二十、職工六十名に上がった。そこで白人同業者は迫害を始めた。日本人同業者は明治二十五年十二月同盟結果の議を決し、翌二十六年一月に発会式を挙げた。これが日本人営業同盟の始まりである。

靴工同盟は日本に於いても職業同盟の元祖である。明治十九年、桜組の職工、工賃値上げのためにストライキを行った(おそらく日本人がストライキをなせる始めであろう)。翌二十年一月、靴職工等東京呉服町柳屋に於いて懇談会を開く、集まる者百余名、席上靴工同盟を決議した。此の職業同盟の事情は今日やかましく騒いでいる労働同盟の始祖をなしているものである。本稿で述べると長くなるから別の機会に詳説することにする。

『在米日本人史観』(鷲津尺魔著)










「、、、日本で最初に出来る労働組合というのは靴職人の組合です。それと同じものがサンフランシスコに職工義友会という形で出来ます。その翌年にカリフォルニア州日本人靴工同盟、つまり靴職人の人が同盟します。、、、」

『アメリカからの便り』
(「在米民権家の行動と海を越えた連帯/
9・労働運動と社会主義運動への架橋」新井勝紘)










「、、、チースは日本人靴工を労働組合に加入させずに秘密の製靴工場で働かせたというが、間もなく日本人だけの靴工で「職工義友会」を結成した。これが明治24年である。、、、そこでさきの「職工義友会」を母体として明治26年に「加州日本人靴工同盟会」を発足させた。、、、同盟会の指導者はやがて日本に帰ってくると労働運動に入った。明治30年6月25日、東京の神田美土代町の東京基督教青年会館で日本で初めての労働運動の演説会が開かれており、城常太郎は開会の辞を述べ、高野房太郎は「日本の職工と米国の職工」と題して講演したという。靴の製法に続く労働運動の輸入であった。、、、」

『桑港日本人列伝』(伊藤一男)