日本で初めて労働組合をつくった男へ




城常太郎の一人娘・静子

 
 静子が五歳の時、父親・城常太郎は死去している。日々忙しい両親に育てられた静子は、いつも一人ぼっちで寂しい思いをしたという。天津尋常小学校へは、毎日、人力車で通ったそうだ。
 父親・常太郎に顔がそっくりの静子の目は、父親と同じく極端に窪んでいたという。そのことを理由に、クラスメイトからいつもいじめられていたという。しかし、静子は、いくらいじめられても、全く相手にせず平然と受け流していたという。あまりにしつこい場合は、
『奥目に馬鹿なし』、とさらりと言い返して周囲を笑わせていたという。