日本で初めて労働組合をつくった男【労働運動の原点】






遥かに公明なる衆議院議員諸君に白す


 あの動乱の明治維新の後、
「西洋に追いつけ追い越せ」という意気込みのもと、
明治政府は「文明開化」と「富国強兵」を
スローガンに、急ピッチで「西洋化」を
推し進めていった。

「ヤマト心」をないがしろにし、
物言わぬ臣民に多大な犠牲を強いて
「西洋化」を急いだ明治政府。
そんな政府に対して、一人の名もない愛国青年が
猛然と噛みついた。




「、、、靴工の工場に労作する者、霜を踏んで出て、星を載て帰り、
終日刻苦、傭賃なおいまだ一家を糊するに足らず。
、、、日本国民は忠節の民なり。
一朝もし国難に際会すれば身を錦旗の下に晒すをもって無上の栄誉とす。
不肖等素より智なく勇なし。
然れども帝国の国体と大義名分とを知らざるにあらず。
寧んそ国の大難を奇貨として乗してもって一身の計をなさんや。
政府の不肖等を見る真に斯くの如しとせば、
不肖等は唯血涙を飲て自己の不徳を歎ぜずんばあらず。
然れども試しに思え。
かの兵士も亦国民の子弟。
国民既に信を置くに足らずとせんか、寧んそ独り信を兵士に置かん。
同盟罷工〔ストライキ〕を愁うるが如きは
真に杞憂と謂はざるを得ず。、、、」



『遥かに公明なる衆議院議員諸君に白す』
(執筆者/城 常太郎)








●当時の衆議院議員の顔ぶれを列挙すると・・・

田中正造(公害反対運動の父)

犬養毅(憲政の神様 第29代内閣総理大臣)

尾崎行雄(議会政治の父)

島田三郎(後に衆議院議長 廃娼運動家 新聞記者)

鳩山和夫(後に衆議院議長 法学博士)

星亨(当時の衆議院議長)

石阪昌孝(町田の自由民権家)

井上角五郎(政治家 実業家)