日本で初めて労働組合をつくった男



老紳士・佐和慶太郎氏来たる


「当時の私は、城常太郎については、岩波文庫の片山潜、西川光次郎共著『日本の労働運動』を読んでえた知識以上のものではなかったし、彼の生年、生国についてさえまったく知らなかった。したがって、城常太郎に対する過小評価に不満を持ちながらも、私自信、城が靴工であったという職業から「その靴工が部落出身者であることを確認できるならば、これは部落解放運動史にとって大きな輝きを一つそえるものになるのではあるまいか」とする推定以上に出ることができなかった。それともう一つ、城が労働組合期成会の三人の仮幹事の一人でありながら、正式の発会にあたって役員の末席にも加わらず、やがて神戸に移ったという事実のなかに、大きな疑問を感じながら、それを当時の私の知識では解明することができなかった。そして、この二つの宿題は、いずれ解いてみたいと心に残ったのである。これが城常太郎についての調査に、私が関心を持った直接の原因である。ただ、老年期に入って、若い頃のように集中的に調査をすすめる気力もないので、まだ調査はきわめて不十分である。しかし、満足のいく調査完了まで筆をひかえていると、私の寿命の方が先に完了してしまいそうなので、不十分を承知の上で、知ったかぎりのことを報告し、残余の部分は若い人に引き継いでもらいたいと思う。」

『労働運動研究』
(「日本労働運動の創始者 靴工・城常太郎の生涯(上)」佐和慶太郎著)



今から約40年前、佐和慶太郎氏が、突然、私の六畳一間のおんぼろアパートに訪ねてきてくださったことがある。

その時に佐和氏から「城常太郎の調査を引き継いでもらいたい 」との依頼があり、いろいろなアドバイスをしていただいたことが
きっかけとなって、
「城常太郎の調査に生涯を懸けてみよう」という、
決心が固まったのである。