日本で初めて労働組合をつくった男【労働運動の原点】





明治25年の労働者運動関連記事




明治25年に起こった労働争議と労働団体名、さらには労働問題を扱った新聞記事を箇条書きに列記しておこう。
この中で注目すべきは、明治25年9月に伊藤為吉が結成した「職工軍団」だ。

 常太郎は伊勢出身の伊藤のことを同じ伊勢出身の盟友・森六郎や高野房太郎を通して知り合ったと思われる。
常太郎は、伊藤のことを、将来、日本に帰国した際の有力な同志になり得る人物と直感していたようだ。

 常太郎は、一時帰国した明治25年9月に「日本靴工協会」を設立したが、伊藤もまた、同じ明治25年9月に同じ東京で「職工軍団」を組織こしている。このことから、この二人が互いに影響しあって、労働運動に取り組んでいたことが想像される。

 「職工軍団」の規則の第一条には「本団は職工軍と称し、各種の職工を結合し規律と軍制に則り、従来の悪弊と戦い必勝を期せんために組織する義勇の団体なり。」と謳われているが、この「義勇の団体」という言い回しに、常太郎が組織した「労働義友会」の影響が伺える。

また、伊藤が社長となって明治40年12月10日に発行した『職工新聞』には、常太郎の育ての親・西村勝三の関連記事が、たびたび、写真とともに大きなスペースで掲載されている。これもまた、常太郎の感化かと思われる。

 

参考までに明治二十五年に新聞に掲載された労働問題の記事を列記しておく。

職工二百余名の解雇」『国民新聞』(明治25年2月23日付け)


東京煉瓦職工組合」『時事新報』(明治25年2月24日付け)


亜細亜労働協会」『東京朝日新聞』(明治25年3月3日付け)


教員のストライキ」『東京朝日新聞』(明治25年3月6日付け)


新橋鉄道の職工解雇で同盟罷工の計画」『東京日日新聞』(明治25年4月14日付け)


壮士の運動」『東京日日新聞』(明治25年5月7日付け)

亜細亜労働会」『東京朝日新聞』(明治25年5月21日付け)


守衛のストライキ」『国民新聞』(明治25年6月3日付け)


労働者の政治上に於ける勢力」『国民新聞』(明治25年6月15日付け)


労働制限問題の好運」『中外商業新報』(明治25年7月2日付け)

社会問題の研究」『寸鉄』(明治25年7月5日付け)


[造船廠職工のストライキ]『東京朝日新聞』(明治25年7月20日付け)


左官職同盟罷工の紛議」『中外商業新報』(明治25年8月10日付け)

「社会問題」『亜細亜』(明治25年8月15日付け・第五十二号)


煉瓦職ストライキ」『国民新聞』(明治25年8月17日付け)

ストライキ病」『寸鉄』(明治25年8月18日付け)

 

社会の新結合(其の三・労役者協会)」『国民新聞』(明治25年8月20日付)

社会党の萌芽」『中央新聞』(25年8月26日付け)


労働時間制限の利害(佐々木多門)緒言」『国民新聞』(25年8月28日付け)


大工職のストライキ又起こる」『時事新報』(明治25年8月30日付け)


労力問題・・・・・労力問題まさに我国に起こらんとす。志ある者、今に当たりて、社会の変移に留意警省せざるべからず。」『国会』(明治25年9月1日付け)

煉化積職工の同盟罷工・・・・・今や職工の同盟罷工は東京府下の流行となり、左官職工等の同盟罷工ようやく調停を告ぐるや煉化積職工等も亦同盟罷工を企て、、、。」『東京経済雑誌』(明治25年9月3日付け・第639号)


政府と社会問題」『国民新聞』(明治25年9月10日)

府下大工職のストライキ」『東京朝日新聞』(明治25年9月11日付け)

 

職工賃銀の前途如何」『時事新報』(明治25年9月28日付け)

東洋社会党起こらんとす・・・・・、、、」『読売新聞』(明治25年105日付け)

社会党運動の萌芽」(東京経済雑誌644号 明治25年10月8日)

東洋自由党の結党式」『東京朝日新聞』(明治25年10月8日付け)


社会問題の新潮・・・・・之事実は常に智識に先だつ、、、見よ、東京府下の石工は、すでに同盟罷工を試みて、其の要求の幾分を成就せしにあらずや、煉化職工も、近日においてこの手段を踏襲し、また其の請求の幾分を達したるにあらずや。、、、」『国民之友』(明治25年10月13日付け・第百六十九号)

府下製本職工の運動」『国民新聞』(明治25年10月16日付け)


府下大工職・・・・・三百余名、寿亭に大会をを開く」『神戸又新日報』(明治25年10月十九日付け)


東京府下の石工・・・・・は十五日より値上げして、一人一日七十銭の手合賃となしたり。」『神戸又新日報』(明治25年10月十九日付け)

社会党となるなかれ]『都新聞』(明治25年10月20日付け)


同盟罷工至る処に起る・・・・・石工、煉化積職人は、すでに同盟罷工によりて、希望の幾分を達したり。ここにおいてか東京府下の大工も、また同盟罷工を起こしたり。製本職工もまた然り。、、、」『国民之友』(明治25年10月23日付け・第百七十号)

社会問題の半面」『国民新聞』(明治25年11月2日付け)


日本に於ける労働問題/ボアソナード」『国民之友』(明治25年11月3日付け・第百七十一号)

労働者と戸数割(社説)」『東京朝日新聞』(明治25年11月5日付け)

東洋自由党の大演説会・・・・・、、、」(中島半三郎「内地雑居と労働者」・福田友作「対外政策」)
『国会』(明治25年11月8日付け)

労働者の矯風(社説)」『東京朝日新聞』(明治25年11月9日付け)

取り越し苦労」(注内容・社会党・ストライキ)『都新聞』(明治25年11月11日付け)

「当今の問題 社会問題」『国民之友』(明治25年11月13日付け・第百七十二号)

「社会問題の反響」『国民之友』(明治25年11月13日付け・第百七十二号)

 

 

職工軍団結成(趣意書の発表日)」『東京日日新聞』(明治25年11月18日付け)実際の結成月は9月

社会問題研究会結成」『東京日日新聞』(明治25年11月19日付け)


労働保護問題の勢力」『北海道毎日新聞』(明治25年11月20日付け)


労働問題」『国民新聞』(明治25年12月8日付け)

煉瓦職工組合」『大日本窯業協会雑誌』(明治25年12月10日 第四号)


労働者保護律期成同盟会」『万朝報』(明治25年12月16日付け)