著者のページ『日本で初めて労働組合をつくった男』


書評・紹介ニュース



「本と資料の紹介コーナー(ホームページ)」書評記事掲載(2016年12月)

発行所:公益社団法人・教育文化協会

■ルーツを求めて
評者:山根正幸(連合企画局次長)


公益社団法人・教育文化協会






「千葉史学」紹介記事掲載(2016年11月25日)

発行所:千葉歴史学会

※2016年11月/第69号

 、、、本書は、従来の通説に修正を迫る新しい見解をいくつも提示している。例えば、日本の労働組合のルーツは、サンフランシスコで高野・城・沢田半之助らによって組織された職工義友会とされるが、一八九〇年(明治二十三)夏、同地で城を中心に労働問題の研究や日本人職工の救済・支援の団体として結成された「日本職工同盟会」とすべきであること、労働組合期成会の前身である職工義友会は、九七年〔明治30年〕四月に高野を中心に再建されたとされるが、九六年〔明治29年〕二月に帰国した城の主導のもとに同年四~五月にすでに再建されていたと推定されることなどである。本書の刊行を機に、初期の日本労働運動史研究の活性化が期待されよう。、、、

、、、なお、巻末には筆者が発掘した貴重な資料が収められている。(池田順)


〔 〕は管理人












「弁護士会の読書(ブログ)」書評記事掲載(2016年10月2日)


 
 、、、明治19年10月に靴職工のストライキは、日本初だった。この靴職工たちは、士族上りが多く、他の職工とは品性を異にし、気質温和、恥を知る美風があった。

 、、、明治25年12月、300人もの靴工たちが日比谷公園に集まり、衆議院に向かって堂々のデモ行進を遂行した。日比谷公園は、日本におけるデモ行進の発祥の地なのである。
 弁護士会も安保法制法案の成立反対を叫んで、日比谷公園から国会に向けて何回となくデモ行進をしました。もっとも、今は、パレードと呼ぶことが多いのですが・・・。
 
 、、、明治30年6月、東京・神田の青年会館において職工義友会の主催する演説会が開催された。1200名の聴衆を前に、学歴のない城常太郎が一番に演説した。

、、、明治29年に高野房太郎よりも早く日本に帰国し、日本の労働運動を大きく盛り上げたのが城常太郎だったことを初めて知りました。
 それにしても明治20年代ころのカリフォルニアに日本人靴店がたくさんあったことを知り、目を開かされました。今では、町に靴を修理してくれる店なんて、とんと見かけませんね・・・。
 歴史の掘り起こしは大切だと痛感した本でもありました。

(評者ー霧山昴弁護士)

福岡県弁護士会ブログ
弁護士会の読書2016年10月









月刊「社会主義」書評記事掲載(2016年8月1日)

発行所:社会主義協会

※2016年/第650号 掲載ページ(88ページ~92ページ)


 、、、アメリカ労働運動を日本に紹介した高野房太郎のことは知っていたが、実はその運動のリーダーであった人こそ城常太郎であることを知らなかった。
 日本史の教科書には、日本で初めて労働組合が設立されたのは、一八八九(明治二二)年の「鉄工同盟進工組」だと書かれている。だが牧民雄氏の調査によれば、常太郎が関係した「桜組」靴職人によって、「鉄工同盟進工組よりも三年早い一八八六(明治一九)年に、賃上げ要求を掲げて闘ったストライキを契機に、全国から同志を募り、「靴職工同盟会」が結成されているのである。
 私が書評を書いたのは、実は歴史にはこうした真実が隠され、埋もれていることを、語りついでいかなければならないことを痛感したからである。、、、

 労働組合史では、「職工義友会」から「労働組合期成会」運動の中心は、アメリカで労働運動を体験してきた高野房太郎だったとなっているが、実際は指導したのは城常太郎である。
 二人は常太郎がアメリカに渡ったときに知り合い、苦楽を共にするのであるが、高野房太郎は労働運動の実践にはほとんどかかわっていない。生活苦などから挫折し、運動から逃避したことは何回もあり、「職工義友会」から、一時離れているが、牧民雄氏によれば、二人の関係は、実践面は常太郎が担い、理論面は高野房太郎が担うというものだったと言われている。、、、

評者ー善明建一(社会主義協会事務局長を退任後、現在は同会の顧問として活動中)











「季刊・労働者の権利」書評記事掲載(2016年7月25日)


発行所:日本労働弁護団


、、、本書は、これまでその活動ぶりがあまり知られず、書いたものも残っていない城に光をあて、その誕生(1863年)から1905年肺結核のため42才で没するまでを数多くの新資料にもとづいてまとめられたものである。黎明期の労働運動において城が果たした役割や城をとりまく労働運動にかかわった人間像をさまざまなエピソードを含めて知ることができ大変興味深い。、、、
 著者は、高野房太郎が日本で初めて労働組合をつくった男としてあげられる従来の労働運動史の常識は正しいとはいえず、タイトルにあるように城常太郎こそが日本で初めて労働組合をつくった男として呼ばれるにふさわしい人物であることを多くの資料で裏づけており、本書によると、著者の見解も肯なるかなと思われる。、、、
 城はすぐれた運動家、オルガナイザーにして演説の名手であった。本書では、運動家としての彼の活動ぶりが詳しく紹介されている。、、、本書には、近代労働運動史のこれまでの叙述を覆すいくつかの指摘がある。、、、


評者ー宮里邦雄(日本労働弁護団元会長・弁護士)









「大阪春秋」紹介記事掲載(2016年7月1日)


 、、、それにしても、城常太郎とは、なんとダイナミックで、なんと高潔な人物であろうか。、、、巻末の年譜、資料なども充実していて、近代日本の労働運動史を研究するものにとって、本書は欠くべからざる一冊であろう。、、、










名古屋北部青年ユニオン・ホームページ

、、、それにしても、常太郎の人生は、なんとダイナミックなことか。、、、


名古屋青年ユニオンホームページ


















「労働情報」紹介記事掲載(2016年6月1日)


知られざる先人の軌跡



 、、、主人公のように知的に戦略を立て、仲間を募り組織を拡げ、訴えていった手法は、まさに米国仕込みであり、今に通じるしたたかさに驚かされる。、、、
 













「ひょうご部落解放(夏)」紹介記事掲載(2016年6月)


発行所:一般社団法人・ひょうご部落解放・人権研究所

第161号

本の紹介
評者:荒西正和








「学習の友」書評記事掲載(2016年6月1日)


◆日本で労働組合が生まれたのはいつか


 歴史を揺るがすような、おやっと思われるような出版物が出てきました。、、、 労働組合運動の歴史に新しい要素を持ち込み、記録というものの大切さを教えてもくれます。

評者ー西村直樹(金属労働研究所室長・労教協理事)










「港湾労働」紹介記事掲載(2016年5月1日)


明治時代、港湾労働者三万人の組織化に尽力


、、、戦前の労働運動を記した貴重な一冊、是非、この機会にご一読いただきたい。、、、

http--zenkowan.org-wp-wp-content-uploads-2016-04-KR1310.pdf





「とうくつ」紹介記事掲載(2016年4月25日)

第414号

 「明治25年帝国議会に約150人の靴工の集団が押し寄せ、・・・・・我が国では初の組織化されたデモとなった。・・・」と、労働組合の誕生に靴工の組織がかかわっていた。とのこと。ご一読してみては?

発行所:一般社団法人 東靴協会










「神戸新聞」書評記事掲載(2016年1月3日)


ひょうご選書・・・45年間の史料収集が結実


書評執筆者ー岩佐卓也(神戸大学准教授)

※書評欄のトップ欄に掲載される一冊に選ばれました。







「週刊読書人」書評記事掲載(2015年12月11日)


再び屈託のない労働運動に向けて

大野英士


 城常太郎ー文久三年(一八六三年)熊本生まれ、靴職人、明治二五年(一八九二年)「日本で初めて労働組合ー労働義友会ーをつくった男」と言っても、日本の労働運動史を専攻している専門の研究者ですら、その名を聞いてピンとくる者は少なかろう。、、、

 (おおの・ひでし氏=フランス文学者・早稲田ユニオン代表)







 

「出版ニュース」紹介記事掲載(2015年11月11日)


 、、、職工の心意気を貫き、未踏の労働運動に全人生をかけた男の生き方が鮮やかに。

















「大分合同新聞」紹介記事掲載(2015年10月18日)



、、、日本近代労働運動の黎明期を走り抜けた城の生涯を、ひ孫の著者が約45年にわたり調査研究しまとめた労作。城は1863年、熊本県飽田郡(現熊本市)に生まれた。靴職人として働き、88年、渡米。労働組合が米国社会で大きな発言力を持っている事実を目の当たりにし、靴職人の労働団体を組織。96年に帰国後、日本の労働組合運動に力を注いだ。著者は大分市生まれ。大分舞鶴高校、慶応大学を卒業。多種の仕事に従事しながら、日本初期労働運動史の研究を続けている。
 







「西日本新聞」紹介記事掲載(2015年9月27日)

 明治時代、黎明(れいめい)期の労働運動にあらん限りの情熱を傾け、この国の労働組合運動の礎石を築いた男がいた。熊本出身の靴職人・城常太郎(じょうつねたろう)(1863-1905)。本書は、その人生と業績を執念ともいえる史料探索から描く一冊だ。それにしても、常太郎の人生はなんとダイナミックなことか。、、、













「熊本日日新聞」紹介記事掲載(2015年9月27日)


 日本の労働運動は熊本市生まれの靴職人・城常太郎(1863~1905年)が1891(明治24)年に米サンフランシスコで「労働義友会」を組織し、その支部を92年に東京に設立したことに始まる。、、、