三宅雪嶺




明治のころ、本気でこの国を「働く者の楽園」に変えようとした靴職人がいた!

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「◎雪嶺博士も若手に交じって獅子吼/露国承認問題の演説・・・・・既報の如く昨夜六時から神田青年会館で『露国承認問題』の叫びが挙げられた。例によって警視庁は錦町署と共に会場の内外を大警戒したが、入場者は階上階下に満ちて約千五百。近頃にない盛会だ。加藤隆治氏の開会の辞についで和泉良之助氏は『自主的撤兵より自主的承認へ』の題下に『行掛りのと体面を糊?せんが為に大局を誤ってはいないか』と痛撃し、続いて満場の拍手に迎えられて老いてますます壮んな三宅雪嶺博士は壇上に立ち『対露交渉は国際正義の真髄に徹底して日露両国の利害を実質的に按配するを主とし区々たる官僚的法理論を排せ』と軽いユーモア交じりに、長広舌を振るい聴衆を緊張させた。」

『東京朝日新聞』(1923年5月5日付け)