西周





明治のころ、本気でこの国を「働く者の楽園」に
変えようとした靴職人がいた!

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『東京朝日新聞』(明治30年2月3日付け)






◎故西男爵の葬儀・・・・・従三位勲一等男爵西周氏の葬儀を昨六日芝区愛宕町青松寺において執行せり。予定の如く午後一時京橋区三十間堀の自邸出棺。先ず騎馬の先導に続いて白丁各八人、次に僧侶十数名、次に生花、造花、幡等列を正し次に新?の勲一等章捧持其の他総べて式の如くにして、棺は白木の寝棺にて柩の上は金モールの大礼服をおおい喪主以下親族各会葬者は徒歩或いは馬車、人力車、騎馬等順路を経て青松寺に達し、同寺内にて葬式執行し、それより青山墓地にて埋葬の式を終わりたるが、当日会葬の重なる人は山縣、西郷の各大将代理、林清国公使、黒川少将代理、矢吹少将、三島、小笠原、両子爵、黒田少将、東久世伯代理、小澤男爵、岩崎?之助代理、山内製鉄所長、佐藤?船局長、藤原實、山本景行、津田眞道、津田仙、細川?二郎、外山正一、亀井、、、その他貴族院議員、市会議員、親戚、故旧無慮二百余名なりしも、葬儀は至って質素なりき。」

『東京朝日新聞』(明治30年2月7日付け)