日本で初めて労働組合をつくった男


大正時代のメーデー








「◎暗雲風を巻く上野に振るえる最初の労働祭・戦わずして勝利は得られずの標語の下に馳せ参じた十五団体の絶叫・群衆の中に耳?てる様々の名士・堺氏の夫人が紅一点の活躍振り・・・・・『来たれ上野公園へ』の声が政治運動に聞きあきた市民の耳へ新たなる旋律を以て労働者団体から叫ばれた。友愛会を中心とする十五団体は昨日曜を期しとにかく最初の労働祭を若葉に萌ゆる上野公園に開催して『労働者のみ是を知る』という祝祭に万丈の気を吐いたのである。開会間際の雨大師前はともすれば雨かと見ゆる暗雲風を巻いて血のような赤インキに大書した『治警撤廃』『失業防止』『最低賃金』の大旗を青空高く狂乱せしむる。正午頃には会場早くも千余の群衆にどよめき金?の友愛会旗、信友会旗、黒地に赤の気味悪きLМ会旗『戦はずんば勝つ能はず』『労働者団結せよ』と激闘の標語に?痕淋漓たる大小の旗数十会衆の頭上高く林立して紅白幕や紫幕に美装せる小さな演壇を取り囲む。開会前会衆の血は既に躍るの?あり。この時信友会からの飛報あり。「宣伝ビラ中当局の忌?に触るるの箇所があって為に之を撤かんとする同会幹部水沼、阿部等の一団は端なく神田今川橋にに警察官の一団と衝突し両君は現場にて検束された」と、為に一抹の暗影既に場内に投ぜられる。正一時 鈴木文治君壇に立ち簡明に労働祭の由来を延べて開会。続いて各団体代表演説に移り教員組合啓明会代表下中君は『ボンクラでも金さえあれば大学へ行く』現教育制度の不平等を指摘して教育の機会均等を絶叫し友愛会の松岡君『吾人此の日の祝祭を意義あらしめよ』と宣言を信友会某君悪法治警十七条撤廃、失業防止、最低賃金設定三条の決議を朗読して拍手裡に可決す。この時頃日全東京を脅かしたる日本交通労働の多田君忽として姿を壇上に現し「今や我々の会が団体としてこの祝祭に参加し得ざるを?む」と悲痛の声を放ち、次で鈴木君一時間の演壇解放を宣すや場内三か所から無名の?切りにメートルを掲げる。群衆中には着流しの桑田博士が熱心に聴き耳を立つるあり。異様の眼を光らする電気局の平井総務課長あり。警視庁工場課長あり。更に丸?の細君と悠々?立する堺利彦氏あり。人様々思い思いの観察眼を?つるも一興忽ち群衆の頭上高く一大学生起ちステッキを振り廻しつつ『吾人労働者の天国を・・・・・』と切って放つ。『あれ○△さんが立ちましたよ。シッカリシッカリ』紅一点の堺夫人群衆の背後から優しい拍手を送り更に同行の一青年を顧みて『貴方も早くお演やりなさいよ』と叫んで夫君を苦笑させる。桑田博士のじっと聞いている処では『国家』問題で一印刷工が演壇を引き下ろされている。かくて三時半鈴木君ピリピリと呼笛を鳴らして一斉に演説を打ち切り「今年は日曜を選んだが来年は何曜でも構わぬ。仕事を休んでもこの会を開こうじゃないか。余はマルクスの言をもって閉会の辞とする。万国の労働者団結せよ」と絶叫し万国労働者万歳三唱に閉会を宣す。此の時松岡君より勲議あり。「本日の犠牲者水沼、阿部両君放還を?察交渉せん」と。?り拍手裡に会衆は自ら列をなして山下方面に雪崩を打つ。
◎多数の警官と乱闘しつつ行進・袴腰から神田まで日曜の街路大混乱・危ふかりし鈴木友愛会長・拘引された五六名・・・・・数十の旗を押し立てた千余の労働者は続々会場から袴腰の石段を降りて広小路に向かふと見た池田監察官は上野署長と共に常盤花壇にひそめ置いた警官隊に命令一下制服警官数十の一隊は急に疾駆して其の後を追うた。ソレとばかりに人波が又之に続いて春の日曜の公園は凄まじい光景と一転した。警官隊は広小路電車交差点でヤッと労働団の先頭に追いすがり『旗を巻け旗を巻け』『人道に入れ入れ』叫喚怒罵一頻り松坂屋呉服店は狼てて大戸を閉鎖したので逃げ場を失った婦人客が『入れてください』と悲鳴を揚げる。『何だ、虚栄挑発のデパートメン』と罵りつつそれでも素直に旗を巻いて労働団は行進を続ける。警官隊は更に田代町十番地先に第二線張って待ち受け監督官の一令に『ソレ』と又また白昼大道上の大乱闘は頻出された。『旗をけがすな』『旗を渡せ』『この穏やかな行進が何故悪い』??中に遺憾なき醜態を暴され鈴木文治君危うく警官に捕われんとし『会長しっかり』と声援裡に警官数名と揉み合う。此の時五六名は街路上より外神田署留置場内に投り込まる。労働祭はなお屈せず裂け破れし旗や竿ばかりを?いでなお行く。神田錦町に到ると又も警官隊あり。結局友愛の松岡君『騒ぐばかりが能でない。諸君帰ってくれ。吾ら代表は責任を以て当局に交渉する。』と語りようやく気勢和らいで散会するに至った。時既に五時半。
◎検束者皆放還・檄文を撒きし信友会員其の他・・・・・昨日、信友会員永沼辰治、安達幸一郎の両君は上野にて過激なる檄文を配布したる廉により錦町署に検束され其の他万世橋付近において警官と格闘し外神田署に検挙されたもの五六名ありたるがその後両署にて取り調べの結果何れも放還されたり。」

『東京朝日新聞』(大正9年5月3日付け)











「◎三大標語を翳して労働祭は炎の渦・芝浦上野に会衆一万・堤を決するような合唱歌・謎の如き会旗・物凄き光景・・・・・五月一日労働者祝福のメーデーが来た。小気味良く晴れ上がった芝浦の広場に向けて午前九時ごろから制服警官隊が続々繰り込む。騎馬姿の警視が駆け回る。自転車の伝令巡査が燕の如く飛ぶ。私服刑事が迂路迂路眼を光らせる。十二分のこの警戒網を縫うて昂然たる労働者連が続々となだれ込んでくる。十一時頃にはあの広場中央に約四千の群衆が哮えるようなどよめきを作ってさかんな気勢を見せて居る。各団体の会旗が幾十?となく強烈な色彩を初夏の日に返してもつれ合う。不気味な印刷用インキで塗りつぶした黒地に真っ赤な文字で会名を書いた新聞工正進会旗、燃えるような赤に黒のマークを描いた坑夫連合、燃え上がる炎のような交通労働、拳をかたどったもの寒冷紗の大旗に会名を書きなぐった純労組合、工友会、紫の鉄工、それらの眼を射るような烈しい彩りの旗に混じって、此の日の標語『八時間労働』『最低賃金』『兵役制』の三大問題を大書した大旗が蒼空高く悠々と揺らいでいる。近頃多少影の薄らいだ鈴木文治氏もカーキー色の巻ゲートルに若返って加藤、松岡、三輪、赤松、植田、下中の諸君と頬をほてらかしてはしゃいでいる。盲詩人エロシェンコ氏が来て伴れ去られる。支那学生、朝鮮学生もチラホラ来る。其の筋御法度の革命歌が堤の決するようにワツワツと起る。
◎鋭い呼笛に労働祭は開始される・白襷の松岡氏開会を宣し一斉に演説・・・・・十一時中央演壇に白襷の松岡氏が突っ起つと見れば鋭い呼笛の一声に満場粛然労働祭は開始された。松岡氏司会者として開会を宣し下中氏が前記一大要求の決議文を読み上げる頃になると、労働組合同盟中の極左常連はも早や堪りかねて『早くデモンストレーションに移れ』『何を言うのか。言う必要はない。行れ行れ』と怒鳴りだぢ、司会者に肉迫するという一揉めもある。続いて自由演説に移らんとする刹那信友会(欧文印刷工)の一職工が緊急動議ありと叫んで壇上に踊り上がった。即ち叫んで曰く。『彼ら知識階級は吾等の行く手の邪魔ものだ。彼らを排斥して吾人労働者は労働者のみで行るべし』喝采が盛んに起こる。足尾の一坑夫も他の他の演壇に起って会旗を右手に新社会の新設を絶叫する。次々に現れ来る者、猛舌ぶりに群衆は何が無しに言う可からざる不安の中に誘い込まれて、警官連も弁士も聴衆も蒼白の顔に真剣な緊張の極度まで持って行かれた。この時松岡氏は自由演説会を閉づると宣し続いて示威行進に移った時正午前十分。
◎砂塵を浴びて示威行進・芝浦より上野へ警官隊と揉み合いつつ行く行く検束さる・・・・・『示威行進だ示威行進だ』の叫びと共に標語を書きなぐった大旗三?に『メーデーを祝す』の旗が真っ先に押し立てられ続いて正清会、信友会の一隊が先頭をきって繰り出した。何様砂塵はもうもう乎として舞い上がる。埋立地のことだから肩より背にかけて皆真っ白にほこりを浴び為に労働者行列の光景は一層さんたんたる有様である。『ああメーデーよメーデーよ。地球をあげて共通のプロレタリヤの祝祭よ。労働勝利の?の声』警視庁認可とあるメーデーの歌が濃霧の様な黄色いほこりの中から途切れ途切れに叫び出される。物蔭から制服健艦隊が駆け足で続々出てくる。宇田川停留所付近まで来るとどうにか列も整頓し警官隊もヤット列の両側に列を作る先頭信友会の連中が赤の小旗を取り出しては警官隊と揉み合い街路上から幾人も検束されて行く。露月町で一先ず列を止めたが真っ直ぐ銀座通りに出でんとして予てここを固めた歩騎の警官隊約二百と暫く睨み合いとなったが労働側幹部連必死の制止に危うく切り抜け左折して日比谷より順路上野へ向かった。
◎盲詩人検束さる・植田好太郎氏夫人も・芝浦会場で七名・・・・・当日芝浦会から三田警察署に検束されし者左の如し
府下淀橋町柏木露国人エロセンコ▲府上池袋1025植田好太郎内縁の妻木岡きぬ(暁民会員)▲本郷駒込千駄木町10望月方中村しげ▲四谷南伊賀町64中増源松
◎監督の偵察・市電従業員を・・・・・東京市電の監督数名は芝浦会場の群衆の回りをうろつきながら『青山と本所車庫が余程参加してる』等一々偵察に努めていたは最も目立った。
◎三名を検束・駿台倶楽部の社会主義者・・・・・錦町署にては本日の労働祭に際し社会主義者の出動を慮り午前零時より神田区北甲賀町十三駿台倶楽部の門外を警戒しつつありしが中名某外二名宣伝ビラを撒布する処ある事を認めたるにより同三時彼らを検束したり。
◎検束中の暁民会員・労働祭後放還・・・・・昨三十日淀橋薯に検束されし府下雑司ヶ谷の思想団体暁民会高津正道神道久三名生いね外六名は本日挙行の労働祭終了後放還さるるはずなるが或いは出版物法違反として告発さるべしと。
◎赤旗を許すは奇怪至極だと・嚇怒して警視庁のねぢ込んだ増田日比谷薯長・・・・・本日午後一時十分頃芝浦会場より繰り出したる示威行列、赤白の旗を押し立て馬場先門前を経て上野方面へ向かったが之より先この行列が芝口を通過の際三田薯では社会主義者の団体旗なる赤旗数旗を押収したに拘わらず他団体の赤旗は押収しなかった。然るにこの一団が日比谷署管内に入って以来警視庁郷津監察官が黙許して自動車に乗り行列の先駆となって警視庁前を過ぎた事を増田日比谷署長が後で気づき『容易ならぬ失態にて白旗さへ宮城前を押し立てて通過する事は許されていないにも係わらず革命を意味する赤旗十数旗を押し立てた団体を通過させた事は宮城の尊厳を冒?した前例なき失態だ』との意向を?し警視庁に怒鳴りこんだ。折柄三階の課長室にいた児玉警務課長を押えて厳談に及んだ。右について児玉警務課長も大なる失態なる事は認めておるが責任ある三田の泊署長は場合によりては引責処分を受くるやも知れざる形勢である。
◎増田署長の主張・・・・・これに対し増田署長は「団体旗として赤旗でも認める。しかし元来赤色が革命を意味するものである以上数?の赤旗を押し立て、宮城前を通過させるのは断じてならぬ」と語っていた。この問題の解決はいづれ警視庁の最高幹部会を開いた上で決するに至るであろう。
◎上野の示威は些か気抜け・南代議士顔を見せず・山口正憲氏大焦り・午後勢をつけて金棒先発に山下から二重橋へ・・・・・『奴隷から解放へ』の標語に集まった議会派労働団体ー立憲労働党外十七団体の労働祭は一日午後一時から上野公園両大師前で挙行した。朝からの曇天は気持ちよく晴れて絶好のメーデー日和、桜の若葉輝く会場には紅白の幕を張り廻らし二か所の演壇を中心に参加各団体の名を記した赤旗十数、風に翻り決議の標語『八時間労働』『失業者保護』『参政権獲得』等の文字を四角な板に記して高々と掲げてある会の本部を園内の三宣亭に置いて開会の準備に忙殺されている。各代表者の荒くれ男の中に立憲労働党総理山口正憲氏の若葉夫人の彩を添え職業夫人を代表して斡旋に努めている。定刻が迫っても会場には団体らしい者の姿も見えず集まる者は只雇兵兵らしい。印半?の男に散歩気分のワイワイ連が三々五々その数午後一時までに約二千、会は下澤仲仕同盟代表者の開会の辞に始り広瀬立憲党幹事の左記宣言書伏見同幹事の決議案の朗読があった。かくて入党を祝される南代議士の入党の辞があるはずだが祝われる御本人は一向に姿を見せず会衆や楽屋内をじらす。山口総理は『見えるはずだが』と拾い物でも探すように探しまわっていたが、遂に諦めて登壇代表演説に移った。このころから会衆は続々殖えて二か所の演壇で交々労働者のための演説が行われる会場整理の警官隊竹内監察官指揮下の巡査百余名はなす事もなく閑散な顔をしておる。その間を大和民労会の連中が群衆の周囲をかためて外敵を防ぐ。やがて午後一時四十分磐万歳せいりに会を閉じ勇ましい金棒を先頭に一同隊伍を整え山を下り山下から万世橋に所定の順路を二重橋に向かった。
宣言
我等労働者の記念すべき第二回労働祭執行に当たり我等は階級的意識と団結の威力により我等を奴隷的境遇より解放し独立自由平等の新社会に躍進するの途は只一つあるのみ。曰く労働者の団結即ちこれなり。この意味より我等は上野公園に集まり八時間労働、失業保護、参政権獲得を要求して東京市内を示威運動する所以たり。ここに之を宣言す。
◎二大行列の衝突を気遣って・万世橋付近第警戒・・・・・芝浦を発した同盟会側の示威行列は午後二時昌平橋を進行中だが午後一時四十分上野を出発二重橋前に向かう?会派労働団体の行列と万世橋で遭遇するというので警官隊総指揮官郷津監察官は総動員の西神田署員の外上野より二百余名の警官隊を駆け足で?下召集し更に多数騎馬巡査を要所に立たしめ須田町から万世橋付近は水も漏らさぬ警戒を張っておる。
◎眞柄嬢検束さる。行列中から・・・・・同盟会派が万世橋を避けて昌平橋から万世橋停留所を通り午後二時二十分ごと御成街道に出た時兼ねてそこに待ち伏せていた錦町署の刑事数名突然現れ社会主義者近藤憲二赤?会員堺眞柄嬢の両名を拉し去った。」

『東京朝日新聞』(大正10年5月2日付け)














「◎洋刀に囲まれて大気勢の労働祭・百姓然たる司会者の口から叫びだされた熱弁の第一声・紛れ込んだ社会主義者の大検束・・・・・黒と赤との旗を押し立ててメーデーに集まる労働者の群はいつもながら凄惨な感じで街歩く人々の心に迫る。今朝の芝浦埋立地は午後一時開会なのにもう十一時ごろから数百の群衆がパンをかじりつつ開会を待ち合わせた。それよりも芝浦から芝口、京橋瀧山町付近の示威行列、道筋に三々五々眼を光らせる制服や私服警官のあわただしさは町から町を暗い不安に奪い去った。花が散って英太子の去れる後の帝都の今日は忽ちにしてこの生活苦の叫喚ではっきりと現実に醒めたのだ。芝口の通りから左へ埋立地に向かうといやでも渡らねばならぬ一方口の潮見橋がある。この橋のたもとに警官隊はサーベルの垣を作って会場に行く一人一人を厳重に見張っており山田特別高等課長が指揮で五六十の刑事が左右に人山を築いて顔なじみのいわゆる危険人物を物色している。忽ち時浦、中園、佐野等主義者連が網に掛って検束される。昨年のメーデーで暴れた黒表連中は亦ことごとく検束、正午頃までにこの関所で三十二三名検束者を出し皆自動車で愛宕、三田両署に送られる。午後一時頃にはあの澄み渡る海岸の青空に六七十の団体旗が翻り、約二千の群衆が気味の悪い沈黙を守って開会を待っている。木賃街富川町の組合旗、黒に赤の革貧会族、tyw会の一団、『三人の団結さえ出来ぬ五百万紡績女工を救え』と熱烈の字句を書き流した長い旗、それから、月島労働団体相談会の大きな腕と槌との旗、黒に血潮の色で心臓を描いた交通労働等の物凄い色彩が目立つ。就中月島の団体が列を作って約六百堂々と入場したのは目覚ましい。少し遅れてカーキー?服を猿のように小さい身体に着こんで秋田雨雀老がお仲間のジャーナリスト一派と共にどえらい武装で巻ゲートルや半ズボンで乗りこんだのが「行商人組合」の旗を押し立てて『一行いくらの商売だ。行商人に相違あるまい』参謀格の松岡、下中両君等の奔走している、果然警官側は『行列禁止』を伝えて来た。松岡、下中両君が『メーデーと説明付きで緊張を見せておる。指令者高山君はカーキーの仕事着です。お百姓のよう頑丈な髭顔を見せ行列は付き物だ許してくれ』てな問答が先ず始る。午後一時半高山君壇上に呼笛を吹き鳴らし開会参加せる朝鮮人労働者三十数名を代表し澤朴君熱弁を振るい第三回目のメーデーは幕を開けた。
◎行列交渉・・・・・行列禁止の押し問答がまだ未解決なので午後は警官隊との間に一揉めは免れまいと観測される。
◎各所で警官と衝突・検束者続出す・・・・・メーデーに参加するため今朝十時頃深川区富川町木賃宿前に集まった約三百名の自由労働組合員は標語を大書した旗を押し立てたため警官隊と小競り合いを始め二三名の検束者を出し、府下寺島村天野工場職工団労技会員も同じく勢揃いして出発の際旗数?を押収され警官に解散を命ぜられたが三々五々芝浦へ向かった。このほか警官と衝突して検束された者警視庁に六名、三田署に十八名を出した。
◎社会主義者の大警戒・不穏ビラ撒布の計画・平和博の内外を堅める・・・・・警視庁が今日の労働祭に全員を挙げて警戒している機を?った社会主義者中不穏の宣伝ビラ一万枚を市内各区に撒布しようと計画している事実を探知した特別高等課では今朝来麹町扇橋両署を督励してこれが検挙に努力せしめ午前十一時深川区富川町木賃宿止宿労働者江沢利一、瀬川健一郎、山口某、小池某外三名を検挙し山田係長主任となって警視庁で取り調べを行っているが、一方上野署でもビラ撒布者警戒のため午前十時から坂本、谷中、本富士、駒込各署より非番制服巡査三百名、私服四十余名の応援を求めて常置私服六十名と共に博覧会会場内外を警戒している。
◎大阪も盛大に・女給連盟も?掛けで参加・・・・・大阪の労働祭は住友伸銅所と大阪汽船会社職工千名が事実上の二十四時間同盟罷工をやって午前九時当時の集合所中之島公園に繰りこんだのを?頭に官業労働工場会七千名は三百名の女工混えこれまた全部決動して繰りこみ続いて日本労働総同盟大阪連合会所属の各労働団体続いて純白のエプロンに眞紅の?をかけた女給同盟一隊は自動車で凄まじい勢いをなし兵庫県で禁止されたる尼崎団体借家同盟も参加し全大阪十六労働団体一万人の階級で?の中之島公園も寸尺無きまでに埋め正午総指揮官八木向上会長先ず悲壮の声を振り絞って開会を宣し挨拶と称した自由演説を終わって宣言決議を可決。大衆は難波橋を振り出しに続々長蛇の列をなして北浜二丁目より順路天王寺公園に至り労働祭万歳裡に午後四時半頃散会した(大阪電話)
◎横浜公園で北沢氏等出演・・・・・横浜沖仲仕組合のメーデーは午前十一時から横浜公園で挙行され造船工組合、鶴見鉄工組合の一部立憲青年党も参加し北沢新次郎、長島隆二その他名士熱弁を振るい県高等課は万一のため厳重に警戒取り締まった。(横浜電話)


『東京朝日新聞』(大正11年5月2日付け)