日本で初めて労働組合をつくった男





写真で追う貧しき労働者の歴史群像


「雑音・・・・・「俺たちはこれだけ働いても何が故に飢ぢさを続けねばならぬか」俺の姿が貧しいという人々よ、俺の両足を見よ、がっしと大地を踏んでいる。姿は貧しくても何時でも仕事ができるのだ。「俺は社会のために真の労働者のためにこの運動をやるのだ」といっている人達、殊に知識階級から這入った同志に対して、私は厚かましくもこんなことが聞きたくなった。即ち兄等が「社会のために」という内には「俺達のために」という意味が充分に徹底して含まっているか奈何かということである。兄等が労働者と一緒になろうと努めて居る所は私にまで見え過ぎる程はっきりと解っている。供し兄等が自身に望んでいる程度にまで労働者との融和が出来ないのは、まだまだ兄等が本当に労働者になり得ない所があるではあるまいか。まだまだ「お前達のために」というような弱い分子が何所かに隠れて居るのではあるまいか。 けむり」

『労働青年』




「■偉大な工場主ー本間俊平氏ーユー、アイ生/宮内省の高官から石工職・・・・・長門の秋吉に有名な大理石工場がある。ソコの工場主本間俊平氏はもと宮内省の高等官であったのが神のみ栄のために三十の壮齢をもって一介の石工職、労働者の友となって日夜汗を流し血涙を灑いでおられる偉人でである。私は以前この工場に半月労働者たるの幸を得た。たった半月ではあったが私に一生にあれ程の深い印象を与えたものはなかった。
◎天下無類の工場・・・・・資本と言えば大抵金に極ったものだが、ここの工場のは信仰である。イヤ金が皆無だったのではない。同氏が家族三人連で初めて当地に着いた時襄中一銭二厘だけは有ったそうである。しかしあの大きい大理石山と器械の備もある広い工場の経営はこれが仮に千二百円であっても無いも同然。其の他言えば沢山あるがこれだけでもたしかに天下に珍しい工場だ。
◎愛の工場・・・・・私は初め高等官だった工場主の事だからと思ってお宅を訪ねて驚いた。何の事はないお粗末な板小屋であった。ところがここに子のごとくなって働いている労働青年達のいる部屋はズットよい。天井は無かったと思うがキレイな畳が敷いてある。工場主の居られる部屋には畳がない。令夫人も御子様方もゾンザイな敷物の上で平気に起臥しておられる。私のような労働に慣れない者でも朝四時ごろから起きてセッセと働く。皆感心によく働く。晩方はお風呂がたった一日の疲労を洗い流して随意に休む。日曜は仕事しない。午前に工場主の熱烈な説教がある。午には特別の御馳走が出る。この工場から出た利益は労働者に分配されて賑はされるその関係といったら親子の間柄以上である。だから時として愛の鉄拳も降るのである。
◎生命を与える・・・・・以前この工場に警部から強盗に変じて十年程入獄していたという豪漢がいた。ある時出刃包丁を提げて工場主と立ち向かって生命を要求した。主人は神色自若たい然と坐して彼に一身を委した。豪漢もこれには度膽をぬかれて一転令夫人の左腕に突き立てた。夫人はほとばしる鮮血を抑えて祈られた。さすがの豪漢も悔いあらためて全く生まれ変わった紳士となって現今も人助けのために一身一家を捧げている。工場主はかかる貴いものを労働者に与えているのである。」

『労働青年』