金子堅太郎


明治のこと、本気でこの国を「働く者の楽園」に変えようとした靴職人がいた!
 クリック↑ (トップページ)

                                        









金子堅太郎













金子堅太郎















◎金子堅太郎伯薨去・・・・・神奈川県葉山一色恩?松荘に病臥中の正二位勲一等金子堅太郎伯は十六日午後一時五十分全く危篤に陥り稲田博士、鈴木主治医らの献身的な看護も甲斐なく同三時十五分獅子武?氏夫妻、令孫らに看守られながら国事に??した九十年の大生涯を閉じた。永い闘病の間幾度か強靱な精神力で意識を取り戻したが衰弱の度は日一日と加わり、ついに起ち得ず西園寺公と奇しくも同じ腎盂膀胱炎で眠るがごとく大往生を遂げたのであった。遺骸は同日午後六時半獅子武?、豊子夫妻令孫明子さん(二二)正忠(二一)君らの手で寝台車に移され近親や鈴木主治医に護られ東京麹町区三番町の本邸に向かった。」

『東京朝日新聞』(昭和17年5月17日付け)




トップページ