原敬



明治のころ、本気でこの国を「働く者の楽園」に変えようとした靴職人がいた!

    クリック↑ (トップページ) 









原敬





























嗚呼原敬氏




















『東京パック』より
「腹芸の痩我慢明敏果断も過ぎれば過断となるも、そこははらげいの名人だけに痩我慢は中々強いものだ。」
















◎原総理大臣殪る・・・・・内閣総理大臣原敬君が、敢え無くも東京駅頭一夕の露と消えたことは、吾人深甚の同情を禁じ得ない次第である。原氏は身体健全、勝れたる能力と断乎たる実行力とを有し、春秋においても尚豊か、其の前途には嶮崖を平らげ荊?ヲ開き、更に新路を建設することを周?せられる。何者か暗殺の卑法を敢えてして、この平民政治家の全幅を中折したことは、くれぐれも惜しい。勿論原氏は保守的傾向を帯びた政治家で、新進の世界的思潮とは距離があった。随って国民の意に反することも少なくなかった。更に党略に急にして、これがために他を顧みる?がなかった。然し大処から考察すれば世界には絶対の真も善もない。何事も人間の思想から割り出される世の中に、巨頭を暗撃して、人間そのものを無くしてしまうのは、陋劣の行動たると共に許すべからざる罪悪である。暗殺して人そのものを全無とせねば、主張の存在が明瞭とならぬのは、尚努力の足らぬ故である。吾人は文化生活の声喧しき現在に、一国の宰相が暗殺せらるるを見て、慨嘆を禁じ得ない。乍去之を原氏一個人の上より考ふれば、原氏は終りを全うしたものである。蓋し、明治以来国家の大臣にして兇刃に倒れたもの、前に大久保内務卿あり、後に森文部大臣あり。大隈侯は外務大臣として一たび爆弾の洗礼を受けて隻脚を失い、二たび襲われたが事なきを得た。伊藤博文公は幾度か内閣の首班に立ったが、其のハルピンの最後は朝鮮統監の時代であった。内閣総理大臣として兇器の下に落命したのは、今度の原総理ばかりである。政治家の抱負よりすれば、一代を国家国民に捧げ、満腹の傾倒裡に一生を終わるに在る。原氏は??にして能く事を断じ、一党の総裁としてよく之を率いる。政友会中上下を通じて、いづれの方面よりも到底原氏一人に及ぶものなき権威を有して居た。この一人者が他の何者の力を以ってしてもついに及ばざるに至って、最後の暗撃を加べられ、これが為めに其の一代を終わったことは、寧ろ氏が平民政治家として、最初の政党内閣の首相としての末路を得たものであろう。この点より見ると、原氏暗殺は原氏をしていよいよ大ならしめたもので、暗殺そのものは全く実力なき小を示すものである。只原氏は理想の政治家ではない。今日まで力を以って強行した力の政治家である。其の友誼に厚く、情緒に濃かなるにおいて、往々にして反って世に誤られた傾きがある。其の率いる一党においては、?に氏が力を以って威服したのみでなく、師父の如く懐くものも少なくない。然しこの温情と敬愛とは、原氏が個人に対する友誼を拡大した党派的愛情のために、内に益々厚くなると共に、外に反っていよいよ薄くなるを免れなかった。反対党等の原氏を憎悪するは、これがためだが、更に??して国民にもこの傾向を濃厚ならしめたのは惜しいことである。其の最後終生力に闘って、ついに力に斃れる結果を生み出したのである。俄然として倒れた大木の空骸を抱えて、急転直下に投げかけられた問題は、政局の進退である。大木を失った政友会は、果して従来の結束と節制とを保ち得るであろうか。而して依然として現内閣を持続し得るか。倒れた大木の後に、之に代わるべき大木を見出し得るかは、内にも外にも政友会の難問題であろう。ついに代わるべき大木は見出されないとして、茲に更に後継内閣の難問題が起こる。順序より言えば当然憲政会である。只現在の憲政会の無気力無気迫を以ってして、之に代わるべき勇気と実力とありや。よし自ら力を過って之に当たらんとするも、国民は之を容るるや否や。この機会を捉えて、或は官僚一派が、何等かの?を整えて?頭せんとはせざるや。或は非政友各派が、この際一致して歩武を進め来たらざるやと観測されぬでもない。しかし之を統一する力を疑はざるを得ない。更に観測を進むれば、この形で一時を?縫しても、永続は大いに疑問である。要するに今後の政局は混沌??、一時安定を欠くを免れまい。原氏は現実政治家ではあったが、勝れた人である。然し其の原氏が兇刃に斃れたために、政局安定を欠くに至るべきは、是れ原氏の現実政治家たる所以で与党にせよ反対党にせよ、直ちに之に代わるべき舞台を造り置かなかったに帰する。原氏の理想に欠けるところは、其の瞑目後に今や将に現われんとするを?とする。転じて眼を放てば、外にワシントン会議は目前の間に迫り大連会議は停頓の間に廃し、山東処分は混沌の裡に在り。之を内にしては物価問題がある。予算編成難がある。?記の頽廃がある。原氏の瞑目によってこれ等諸問題に大なる影響はあるまいが、思想の険悪今日に?んで、国民は直に自覚一番、国民を挙げて国家を?げ、この国を如何せんとするかに着眼せねばなるまい。」

『東京朝日新聞』(大正10年11月5日付け)






































































トップページ