日本で初めて労働組合をつくった男




熊本のサムライ、「切り捨て御免」の特権を失ったはずなのに!なぜ?



「◎熊本の諸団体・・・・・、、、坪井地方は思うに維新革命の敗軍的思想を有するがごとくし、昔は切り捨てごめんの特権を有したる士族がこの特権を失うと共に、あたかも犬馬のごとく思惟し、奴隷のごとく心得たる町人、百姓と平等の地位に復し、ややもすれば文明的智識に圧伏せらるるに至れり。、、、」


『熊本評論』(第二号 明治40年7月5)


※坪井は西南戦争時の火災の際、城常太郎らが避難した場所





「★維新の落し子、ツネタロウ・・・・・、、、鍛冶屋としての太平次〔常太郎の父〕は腕がよかったようで、農機具から刀や鉄砲にいたるまで、注文があれば何でも快く引き受けた。彼は生粋の職人らしく、曲がったことの嫌いな性格だったという。そうした頑固な気性が災いしたのか、太平次は明治八年一月初旬、軍人所有の銃を修理したおり、工賃のことで争いが起こり、その軍人に切り殺された。武士の時代はすでにもう去っていたが、「切り捨て御免」というわけだろう。筵(むしろ)をかけられた父のいたましい死に様に、少年・常太郎は何を思ったことだろうか。、、、」

『日本で初めて労働組合をつくった男』の本文一部公開

〔〕は管理人の注所