日本で初めて労働組合をつくった男


人間の真価は、極限状態のなかでこそ測られる!


水の恐怖

 コトン、コトン異様な物音に気付いた。続いてカタン、と何かが突き当たる音。土間に下駄が浮いている。見る見るうちに水嵩は増す。勝手口から水が噴き出している。時を移さず、食器棚が倒れる。昭和十八年九月の午後。集中豪雨による大野川堤防決壊による水の氾濫である。多くの怪我人や死者を出した。決壊場所の近く、当時の鶴崎町のわが家で、女学生だった私は、たまたま祖母と二人だけで家に居た。大雨洪水警報というものがあったのだろうか。当時全く予期しない出来事だった。ぼう然と立ち竦む。大声で祖母に知らせた。ゴボゴボッと畳の端が沈む。泥水が這うように溢れた。畳は完全に浮いていた。外は凄まじい光景だった。裏の田んぼの上を茶褐色の泥水が、堰を切ったように、二十センチ以上の水先を立ててこちらに向かって押し寄せてくる。息を呑んだ。わが家は平屋だ。慌てて梯子を下ろす。もう水は腰まで来ている。祖母とふたりで必死で屋根裏へ這い上がる。ずぶ濡れのままただ黙って座っていた。この時、祖母は驚くほど冷静であった。「天井が浸かったら家は流れる。」そう呟きながら水位をじっと見つめている。祖母は労働運動の先駆者、城常太郎の妻としていくつもの修羅場をくぐり抜けてきた人だ。祖母がロープを見つけてきた。「佳子、そこに樽がある。身体に縛りつけなさい」と言った。なんとか私を助けようと思ったのだろう。胸が熱くなった。風通し用の小窓から外が見える。屋根のすぐ下を濁流と共に、家財道具が浮き沈みしながら流れていく。祖母のお題目を唱える声が薄闇の向こうから聞こえてきた。その時ばかりは訳も分からず、ありがたいと思った。そのうち、鴨居の上まできていた水の動きが鈍くなった。水が淀んでいる。「アッ、水が止まった」祖母の弾んだ声に、気持ちが一気に弛んだ。暫くして水はジワジワ引き始めた。どっと疲れが出た。浅いまどろみは深い眠りとなった。朝を迎える。すっかり水の引いた階下では、泥を被った畳、箪笥が倒れ、手のつけようがない。全てを失った。一番残念に思ったのはアルバムである。祖父母の代からの写真がすべて消えてしまった。今年も台風の季節が来た。七月末、台湾では台風八号による大きな被害が出ている。被害者に対する思いは、同情以上のものがある。

執筆者・城常太郎の孫娘。