日本で初めて労働組合をつくった男



城常太郎と関西の夜明け


東京の労働組合期成会内において、唯一、城常太郎だけが、

過去に数多の労働組合を創設した経験を持ついわば、組合作りのスペシャリストだった。
よって、労働組合期成会、さらには、後の関西労働組合期成会を立ち上げ軌道に乗せるまでの功績は、
城に負うところが最も大きかったものと推測される。
実際、高野房太郎にしても、片山潜にしても、期成会の発足当時はまだ、
一介の労働問題論者でしかなく、実践経験は、ほぼ皆無に等しかったのである。


「◎関西労働組合期成会をめぐる動向・・・・・・★城常太郎と関西の夜明け・・・・・城常太郎は、帰国した後の明治30年4月、沢田半之助と二人で、その名も在米時代と同じの職工義友会を結成し、日本の労働者に向かって「職工諸君に寄す」という檄文を放ったことは有名である。この城常太郎がその後神戸に移住し、そこで設立した「労働組合研究会」(明治31年12月)が、関西における労働団体で史上もっともはやいものである。」

『大阪社会労働運動史(第一巻)戦前編・上』