日本で初めて労働組合をつくった男




労働組合期成会設立旨趣

「凡そ事の発するや発するべき因ありて起こるなり。労働組合期成会は何がために起これるや、時勢の必要これを然らしめたるなり。今や我が国の産業は漸く旧式の姿を脱して新式の状態に移り、夫の工業は資本の合同をもって大仕掛けになすこと行われ、その法いよいよ出てその式ますます革まり、前途大に好望なる勢いを有せり。これ乃ち資本の方面において先ず新面目を啓けるものなり。しからばこれに従事する労働者の状態は如何ぞや。その旧弊いまだ存して美風なお養成せられず、製産日々に新たに事業月々に革まるにかかわらず、その技術発達せられず、その賃金はいまだその子弟教育の料に達せず、しかも彼らはいまだ自己が産業上における地位を暁らざるがため、いまだ我が身の貴重なることも発揮せず、したがって自重の念自信の心いまだ盛んに行われず、これ天下滔々たる労働者の状態なり。嗚呼奮わざるべけんや。けだし、産業の発達は資本と労働の並進に求むべく、その調和によりて振興するを得べし。その一方において進歩するあるも、他方において停止する所あらば、単にその発達を望むべからざるのみならず、かえって不調和をきたし、資本と労働との衝突を生ぜんことなきを保すべからざるなり。思うに、今や諸般の産業はその規模を一新して文明的に則り、ますますその業務を振興して、立国の大業となさんと欲するにあれば、これに従う労働者その心をもってその旧弊を改め、進取の気象を鼓舞して大いにその責務に任ぜんことを期せざるべからず。これ独り資本家の一方のみに任じて敢えて顧みざるごときは抑々産業に不忠なるのみならず、自己の業務を無視する者といわざるべからざるなり。しからば則ち労働者をして産業に忠実ならしむる方法如何。曰く、彼等をして自主の気風を喚起せしめ、その地位の貴重なるを知らしむるにあるなり。自主の気象にして乏しければ労働の効験挙がらず、その地位の貴重なるを知らざれば、去りてその業務を離るるか将た自放に陥るべし。しかもその幣に陥ることなく自主の気象を喚起せしめ、その地位の貴重なるを知らしむる方法如何。曰く、彼らをして組合を設けしめ緩急相助け長短相補はしむるにありと信ずるなり。思うに、組合にあらずんば一挙して労働者の旧弊を除去しその美風を養成せしむること能はず、その労働の効験を高めて製産を盛ならしむること能はず、またその地位の堕落を防ぎて進歩の方向に向はしむること能はざるなり。これを歴史に徴するに組合の効験は労働者をして資本家の力を借らず、彼ら自身にその技術を高めその災厄疾病を救助せしめその品位を上めその道義心を高め、もって自主の心と自重の念を奮起せしめたる例あり。ゆえに労働組合期成会は今日円満なる労働組合を各労働者間に設立せしめんと欲して生まれたるなり。豈にまた他意あらんや。然り而して労働組合期成会は組合設立の要を訴ふるに他の理由あり。明治三十二年は我が国内地開放の年なり。この時にあたり外国の資本家は我が国労働者の個々散漫たる状態に乗じ巨大の資本を持ち来たりて我が労働者を使役することあらんか、彼らは常に労働者を苛遇するの風あるもの、況して異人種を傭使することなれば或いは常道外に待遇せらるることあるも料るべからざるなり。然れば我が国の労働者は今日よりその用意を講ずべきの要あらん。斯く労働者は産業の振興のため自己独立のため将た内地雑居後の事を慮りて之を講ずべき要あるに拘わらず、いまだそれを講ずべき機関の設置あらず。また同業相知り相親しみ相益し相助け相交わるの組合あらざるは実に遺憾千万の至りというべし。よって労働組合期成会はそれらの欠を補いて兼て将来の発達を欲して労働組合設立の急務を天下に号呼す。天下有意の士よ、期成会が抱負する所の趣意を賛し而して共にともにその成立に助力あれよ。」

『内地雑居後の日本』(横山源之助・明治三十二年)