西郷隆盛




明治のころ、本気でこの国を「働く者の楽園」に変えようとした靴職人がいた!

    
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西郷隆盛





































西郷隆盛の銅像
































◎号外九月十四日報(在鹿児島田ノ浦鈴木長治)・・・・・九月五日鹿児島に上陸せしより十日までに五個の報書を作りたれど鹿児島の如きは官報電信の外音阻絶報知に由なきを以って加治木仮庁及び出張所に在る官吏に依頼し飛信の公便に因りて其の都度加治木へ送致したり。併し心いまだ安せざるものあるを以って一昨十二日午後田ノ浦を発し加治木へ赴きたり。?地理も一見せずやと舟を棄てて陸路を取りしに去る八月二十六日の暴風雨に沿海の道を損じ石角??と露れ出で沓の裏面を噛み其の痛み堪ゆべからず。道案内もなき一人行様子は分らず。且つ馬も輿も通ぜず困難を極め辛うじて重富駅に達し馬を傭いて薄暮加治木に着す。直ちに岩村県令謁し晩餐を吃したりしに頗る疲労を覚えしかば退いて属僚に就いて郵書のことを問えば第二第三第四の書は恙なく到着郵局へ托せしと判然たれど生が依頼せし知音某は宮崎へ出張不在なるを以って」

『郵便報知新聞』(明治10年9月24日付け)






































































































































































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