与謝野晶子

明治のころ、本気でこの国を「働く者の楽園」に
変えようとした靴職人がいた!
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「◎与謝野晶子女史・・・・・閨秀歌人与謝野晶子女史は一昨年五月脳溢血で倒れて以来杉並区荻窪二ノ二十九の自宅で静養中だったが、二十九日午後四時半遂に死去した。享年六十五、葬儀は来る一日午前十時半から十一時半まで青山斎場で仏式により執行。女史は大阪府出身。故鉄幹氏夫人。明治三十三年来同氏経営の新詩社同人となり、処女歌集『乱れ髪』により明治歌壇に新時代を尽くした。その歌風は奔放な情緒と感覚に富む。のち『明星』を主宰し幾多の歌集のほかに評論、随筆の著が多い。昨年二月病で退くまで文化学院学監兼女学部長だった。」

『東京朝日新聞』(昭和17年5月30日付け)










「喜びの夜の与謝野晶子女史(教え子に囲まれて)」

『東京朝日新聞』(昭和4年12月23日付け)