植村正久


明治のころ、本気でこの国を「働く者の楽園」に
変えようとした靴職人がいた!
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「◎基督教界の長老植村正久氏突如逝く/柏木の自邸で夕食中に・・・・・我邦基督教界の元老植村正久氏は八日午後六時半淀橋柏木九四八の自邸で家族と共に夕食中突然心臓麻痺を起こし逝去した。享年六十九。氏は殆ど世界的に畏敬された人格者で、特に日本人が日本人のみの費用を以て教会を創立(明治十八年一番町教会、今の富士見町教会)した最初の人であった。氏の下に洗礼を受けた人は二千名以上に上がり、其の中には中信信行、片岡健吉両衆議院議員の如き人あり。島田三郎、田川大吉郎氏又は山本忠興博士等名士が多い。葬儀は来る十二日午前十時から市ケ谷見附内富士見町教会に於いて教会葬を以て行われる。
◎言行一致の人格者/人に尽くした貧乏生活(小崎弘道氏の談)・・・・・現在に於ける伝道者の第一人者でした。伝道局長の職にあって多くの人を布教に派遣する外、自らも全国各方面は勿論朝鮮、満州、支那迄出張布教に努め、側ら神学校を建てて子弟を指導し既に百余名を出しています。個人的には面白い人でどちらかと云えば直情経行でそれがため敵のかなり多かった。島田三郎氏の如きも氏と共に富士見町教会を創設した人であるが途中で仲たがいになりました。それと同時に又非常に親友も多く、信用する人は氏のためには凡ゆること投げ出そうとするものもありました。、、、」

『東京朝日新聞』(大正14年1月10日付
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『東京朝日新聞』(大正14年1月10日付け)